フレンチトースト訴訟

父ちゃん大法廷に立つ(計画)



被控訴人の反論と控訴人の再反論

第二回口頭弁論の直前に行われた準備書面の応酬ですが、被控訴人準備書面(2)の抜粋と控訴人準備書面(2)の抜粋を、控訴人準備書面に書き入れる形で公開します。

被控訴人の反論は赤字

それに対する控訴人の反論は青字にしました。

赤字も青字もないところは反論なしということです。

 

 

 

第1 「第2 控訴理由書に対する認否及び反論」について

2(2)の「所得500万を超える・・・弁論主義が適用される主要事実ではない」との主張については争う。

  主要事実ではないが,重要な間接事実である。重要な間接事実は,当事者からの主張がない場合に釈明をせず,判決の基礎とするならば,弁論主義違背とならないものの,釈明義務違反である。

3(4)の主張については争う。

  被控訴人の指摘は,所得500万円を超えるひとり親の父母の租税負担能力比較には関係がない。

4の主張については争う。

  養育費の役割や母子世帯全体の所得が低いことは,所得500万円を超えるひとり親の父母の租税負担能力比較には関係がない。本件審理に関係があるのは,同額の就業収入のある母子世帯と父子世帯を比較した場合に,就業収入以外の収入は母子世帯のほうが多いという事実のみである。

6(4)の主張については争う。

  計算根拠は以下のとおりである。

控訴人の平成28年度の市民税及び県民税の税額は○○万1600円である。もし,26万円の寡夫控除が適用された場合の同税額は△△万5600円となりその差は2万6000円である。このように所得500万円を超える父子世帯の父親に寡夫控除が適用されると,所得割額が2万6000円低くなる。そのうち1万5600円が川崎市民税,1万400円が神奈川県民税であるので,川崎市にとっては1人につき1万5600円が減収となる。平成27年の国勢調査の結果によると,川崎市の父子世帯数は774世帯である。このうち約2割となる155世帯の父親が,所得500万円を超える収入がある想定した場合に,もし,寡夫控除の所得要件がなければ,これら155人に寡夫控除が適用されることとなり,1人あたり1万5600円の減収になるので,155人では224万6400円が減収となる。

つまり川崎市にとって,寡夫控除の所得要件は,約225万円の減収防止効果があるということである。

尚,神奈川県民税も含めると403万円になるので,控訴理由書には約400万円と記載したが,比較対象は川崎市の予算規模であり,川崎市民税に限るのが適切であるので,控訴理由書で主張した金額約400万円は,約225万円に訂正する。

6(7)の主張については否認する。

  「今日では,租税法以外で父子世帯を経済的に差別しているものはなく」という点についても,具体的根拠が示されていない個人的な見解に過ぎないと主張しているが,平成30年1月4日付の原告準備書面(1)で児童扶養手当制度,遺族基礎年金制度,母子父子寡婦福祉資金貸付制度の実例を挙げた主張に対して,被告は沈黙しており,争点ではない。

 

第2 「第3 被控訴人の主張」-「1 原判決の違法性について」についての認否と反論

1 認否

「原判決は,・・請求を棄却した。」については認め,その余は争う。

2 反論

本件は,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別ではなく,性別の違いを理由とする取扱いの区別である。また,「証拠に基づき,寡夫寡婦の租税負担能力の差異が示されており」とあるが,被控訴人の主張していない正規職員・従業員の平均収入額の男女差だけにより,ひとり親世帯の租税負担能力の差異を推認しており,本準備書面1頁で指摘したとおり,当事者の主張していない重要な間接事実を判決の基礎にするのは釈明義務違反である。そして,ひとり親の正確な統計データから母子世帯の母親の平均収入額が低いとはいえないのが事実であるため,証拠に基づいて寡夫寡婦の租税負担能力の差異が示されているとはいえない。

 

第3 「第3 被控訴人の主張」-「2 所得500万円を超えるひとり親世帯の収入について」についての認否と反論

1 認否

 (1)は認める。

 (2)は争う。控訴理由書によって,収入700万円以上の母子世帯の母親の平均収入額が父子世帯の父親よりも低くないことを立証したので,原判決の判示は,その根拠を失っている。ゆえに反論の必要はないが,被控訴人が判示内容を正しく解しておらず,反論とはならない旨を主張するので,改めて「2 前半の段落についての反論」で反論する。また,後半の段落と被控訴人準備書面にて補足された主張については,「3 後半の段落と収入額の構成割合についての反論」で反論する。

 

2 前半の段落についての反論

(1)所得500万円以上のひとり親世帯の親は,ほとんどが正規職員・従業員である。そして,正規職員・従業員の典型的な賃金の傾向は,年齢とともに上昇し,50歳前後でピークを迎え,ピークを過ぎると下降するものである(甲26号)。そうすると,500万円を超える所得を得ている者は,ピーク前のある時点で500万円を超え,ピーク後のある時点で500万円を下回ることになる。そこで,500万円を超える所得に至るまでの年数と,一旦500万円を超える所得を得た後にこれを維持できる年数を,正規職員・従業員の年齢と所得の相関関係を例示した曲線の上に表すと図1のようになる。

図 1

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(2)原判決では,収入が500万円以上の正規職員・従業員の男性と女性の平均収入額を比べると,男性のほうの平均収入額が高いことから,この両者の年齢と所得の相関関係を表す曲線は,図2に例示したように男性が高く,女性が低くなるとしたと解される。図中,男性の曲線は平均収入額が高いグループの線(青色),女性の曲線は平均収入額が低いグループの線(赤色)として表している。

図 2

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(3)ここで「偶々,課税の前年において,500万円を超える同程度の所得のある男性と女性」の想定をする。もし,500万円を超える同程度の所得の値を仮に600万円とすると,その男性と女性が存在するのは,図3に示すとおり年齢と所得の相関関係を示す曲線と所得600万円を示す水平線との交点である。

図 3 

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(4)この交点上の男性と女性は前年の所得は600万円で同じあるが,図4に表したように,500万を超えるに至るまでの年数と,500万円を維持できる年数が異なっている。

図 4 

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(5)このように,前年の所得が同じであっても,平均収入額が高いグループに属している場合は,500万円に至るまでが早く,そして長く維持できる傾向にあるが,平均収入額が低いグループに属している場合は,500万円に至るまでの年数が長くなり,維持できる年数も短くなる傾向にある。原判決の判示内容は,このように解するべきである。

(6)とすると,所得500万円に概ね相当する収入700万円以上の母子世帯の母親は,父子世帯の父親よりも平均収入額において低くないことを立証しているのであるから,所得が500万円を超えるまでに至る年数が長いことはなく,維持できる年数が短いということもないのである。

 

被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

上記控訴人の主張は,男女の賃金カーブが同一でなければ成り立たないし,そもそも原判決は控訴人の述べるような賃金カーブに言及していない点において,原判決を適切に解釈したものとはいえない。そして,控訴人の主張は母子家庭の就労の不安定性が考慮されていない点において不適切と言わざるを得ない。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

男女ともに正規職員・従業員の賃金は年齢とともに上昇し,ピークを過ぎると下降する傾向であることが前提でないと判示内容自体が成り立たないので,被控訴人の指摘は当を得ない。

 

 

3 後半の段落と収入額の構成割合についての反論

(1)被控訴人は,答弁書と被控訴人準備書面で,500万円を超えている者のうち,500万円を下回る可能性が高いのは,500万円を多少超えた程度の者であり,女性はその構成割合は大きいとして,500万円に至るまでの年数や維持できる年数に差異がある旨を主張するので,以下に反論する。

(2)「収入500万円以上の者のうちの約96%が収入999万円までの範囲に含まれる」という主張については,所得500万円を多少超えた程度の者の割合が大きいことを示す意図があると解されるが,図5に示したとおり,所得500万円以下に該当する収入500万円から688万8889円以下の者,すなわち所得500万円に多少足りない者を比率で算出した割合が,約67%にもなるので,96%が所得500万円を多少超えた程度の者の割合を示す数字になっていないことを指摘する。

図 5 

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(3)また「収入が500万円を超えている者のうち,女性は999万円以内に96%が収まる」というのは平成24年就業構造基本調査の正規職員・従業員のデータ(甲12号)によるものであり,ひとり親の性質を示すデータではないので,平成29年就業構造基本調査のひとり親のデータ(甲19号,甲22号)より,収入700万円以上の者を,年齢階級ごとの収入分布にし,人数による重み付けをしたバブルチャートにして,図6に示した。

図 6 

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(4)所得500万円を多少超えた程度の者の定義を被控訴人の主張する999万円以下の収入の者とすると,収入700万円以上父子世帯の父親のうち999万円以下の割合は85%であるが,母子世帯の同割合は57%である。図6のバブルチャートからは,1000万円以上の分布は父子世帯より母子世帯のほうが多く,688万8889円のラインより上方に離れた分布が多くなっていることがわかる。

(5)また,被控訴人は,所得500万円を多少超えた程度の者は,再度500万円を下回る可能性が高いとする主張であるが,年齢による一般的な収入の増減傾向を考慮すると,20代から40代の者の収入は,一時的に落ち込む可能性があるとしても,長期的には上昇する傾向にあり,50代以降の者の収入は,下降する傾向にあるのだから,再度500万円を下回る可能性が高いのは,500万円を多少超えた程度の者のうち,賃金のピークを過ぎた50代以降の者であるというべきである。図7の中で該当するのは黄色の網がけ部分に分布する者である。

図 7 

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(6)更に,500万円を下回る可能性についてであるが,1000万円以上の収入のある者より,999万円以下の収入の者のほうが可能性は高いということはできても,その可能性の程度について被控訴人は明らかにしていない。

(7)本来,この可能性の程度は被控訴人が明らかにすべきではあるが,翌年に収入が減少する者の割合を7%,平均減少率を5%という前提の基,平成29年就業構造基本調査のひとり親のデータ(甲19号,甲22号)から収入階級別人数の構成割合から試算すると,500万円を超える所得のあるひとり親世帯の父母のうち,翌年500万円を下回る者の割合は,母子世帯の母親も父子世帯の父親も約1%であるとの結果になり,所得要件の設置に影響するほどの大きな割合ではない。

(8)そもそも被控訴人の主張は,論理に欠けている。被控訴人の論理展開は,「①収入500万円を超えている者のうち999万円以下が96%である。」このことから,「②所得500万円を多少超える者の構成割合が大きい。」とし「③その者は再度500万円を下回る可能性が高い。」なので,「④偶々,課税の前年において,500万円を超える同程度の所得のある男性と女性を想定した場合に,500万円を超える所得を得るに至るまでの年数が長くなる。」だから「⑤母子世帯の母親は租税負担能力が低い。」と解されるが③と④の間に関連性がない。

 

被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

被控訴人は,控訴人の述べる上記①ないし③を④の根拠としているわけではない。被控訴人は,上記①,②及び④から,所得が500万円を超える女性について,その所得を維持できる年数が同様の状態にある男性と比較して相対的に低いことが多いとしているのであって,控訴人の上記主張は被控訴人の主張の解釈として不適切というべきである。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

被控訴人は,④の根拠を述べていない。 

 

(9)このように,ひとり親の統計データから母子世帯の母親の999万円以下の構成割合が大きいとはいえず,再度500万円を下回る者の割合も小さいもので差異はなく,また論理展開に論理性がないので,被控訴人の主張は当を得ないものである。

 

第4 「第3 被控訴人の主張」-「3 統計データと租税負担能力の男女間差異について」についての認否と反論

1 認否

 (1)中の「次に,控訴人は,・・・差がないとする。」は認める。

 同(1)中「しかしながら・・・立証できるわけではない。」との主張は争う。

被控訴人は,500万円を超える正規職員・従業員の平均収入額の男女差のみから,母子世帯の母親の租税負担能力が低いことを推認した原判決を支持しているのであるから,より正確なデータを基に,より具体化して賃金カーブに示したものを「あくまでもひとり親世帯の平均収入額と父母の平均年齢から現状を推定したものに過ぎない」とするのは矛盾した主張である。

 同(1)中「そして,平成29年度年次経済財政報告によると・・・安定していないことを示している。」は否認し争う。賃金カーブ考察については「2 賃金カーブ考察に対する反論」で反論する。

 同(1)中「現に,「平成28年賃金構造基本統計調査の概況」(乙6)によれば・・・不安定ということができる。」は争う。勤続年数の差異については「3 勤続年数の差異に対する反論」で反論する。

 同(1)中「したがって,・・・いうべきである。」は争う。

被控訴人の主張する理由は,全て合理性を欠くものである旨を「4 被控訴人の主張する合理的な理由と反論」でまとめる。

 

2 賃金カーブ考察に対する反論

(1)被控訴人は,平成29年度年次経済財政報告中の女性の賃金カーブ(乙5号)を考察したときに,20年以上の勤続年数(図8の楕円形で囲んだ部分)では上下の振幅が大きくなっていることから,女性の方により大きな変動がみられるとし,比較的収入の高い女性の正社員の収入が,男性と比較して安定していないことを示していると主張していると解されるので,以下に反論する。

図 8 

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(2)まず,賃金カーブがどのようにして作成されるかについて説明しておく。賃金カーブは,個人の賃金動向を追跡調査して作成したものではなく,調査した時点での分布を基に,相関関係を表現したものである。分布の例として勤続年数と年間収入額の分布を示した散布図を図9に示す。

図 9 

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(3)この分布を重回帰分析し,近似曲線で表現したものが図10の赤色で示した曲線であり,これが賃金カーブである。

図 10 

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(4)しかし,回帰分析は高度な演算が必要で作成は容易ではないため,年齢や勤続年数の階級ごとに平均値を計算し,それらをつないで折れ線グラフにしたものが近似曲線に近いものになることから,一般には平均値を結んだ折れ線グラフが賃金カーブとしてみなされており,資料として多く用いられている。(図11の黄色の折れ線グラフ)

図 11 

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(5)ところが,この折れ線グラフは,標本数が十分になく,分布に偏りがある場合に上下の振幅が大きくなることがある。図11では,勤続年数25年の者の分布が上に偏っているため,勤続年数24年や26年に比べ平均が高くなり,振幅が大きくなっている。しかし振幅の大きさは,単に分布の偏りが反映されたものなので,勤続年数24年の者の翌年の収入が跳ね上がることを示すものではないし,勤続年数25年の者の翌年の収入が激減することを示すものでもない。このように,振幅が大きいのは,標本数が少なく,分布に偏りがあり,平均収入額を算出した階級の幅が狭いという事であって,個人の収入が激しく変動することを意味するものではないのである。

(6)さて,乙5号証から女性の生え抜き正社員の賃金カーブのうちの2014年大学・大学院卒の賃金カーブだけを取り出したものが図12である。

図 12 

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(7)グラフから数値を読み取ると,勤続年数24年の者の平均年収は740万円,勤続年数25年の者は900万円,勤続年数26年の者は750万円である。既に説明したとおり,これは現在の分布から勤続年数ごとの平均年収を算出したものであって,今年勤続24年の者の翌年の年収が160万円アップするということを示すものではないし,翌々年の年収が150万円ダウンするということを示すものでもない。

(8)被控訴人は,賃金カーブから勤続年数の多い女性の賃金に大きな変動が見られると主張しているが,これまで説明したとおり,この賃金カーブは調査時点での平均年収の折れ線グラフであり,単に標本数が少なく,分布に偏りがあることを示しているに過ぎないのであって,ここから勤続年数によって,女性の方により大きな変動がみられるというのは,統計学的な見地からすると間違った考察である。

 

被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

乙5号証中「生え抜き正社員の賃金カーブ」「女性」の賃金の変動(グラフの凹凸)は,各折れ線の経過年数に必ずしも対応しておらず,例えば,2005年を示す赤色破線のピークのひとつ(勤続年数22年)が,9年後の2014年を示す緑色実線の勤続31年のところには表れていない。控訴人の述べるように,このグラフが調査時点での平均年収の折れ線グラフであるとしても,女性については,男性と異なり,いったん収入が上がっても,それが継続するとは限らないことが上記の結果から判明する。

また,乙5号証の作成の基となっている賃金構造基本統計調査は,都道府県,表章産業及び企業規模別の標準誤差率を5%以内にすることとしているのであって,「単に標本数が少なく,分布に偏りがあることを示している」との控訴人の主張には根拠がないというべきである。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

賃金構造基本統計調査は,全数調査ではなく標本調査である。そして抽出される標本は毎回同じではないので,折れ線の経過年数が対応しないのは当然である。

また5%以内という標準誤差率は、都道府県,表章産業及び企業規模別の値であって,乙5号証のように特別集計され,しかも大学・大学院卒で転職せず勤続年数が長期の女性となると標本数が激減するので,誤差率も大きくなるのが当然である。そもそもグラフの性格上,賃金カーブから個々の賃金の安定性を推察することは,不可能である。

 

(9)このように,被控訴人の「比較的収入の高い女性の正社員の収入が,男性と比較して安定していない」という主張は,勘違いか,もしくは理解不足によるものであり,まったく当を得ないものである。

 

3 勤続年数の差異に対する反論

(1)被控訴人は比較的所得の高い大学・大学院卒者の平均勤続年数の男女差から,所得の高い女性であっても就業状況が不安定である旨を主張するので,以下に反証する

(2)まず,大学・大学院を卒業したものは比較的所得が高いが,それでも500万円を超える所得を得ている者は少数である。2016年の労働力調査(甲29号)によると,大学・大学院卒の女性労働者は525万人であるのに対し,700万円以上の収入を得ている女性労働者は61万人しかおらず,比率にすると12%程度である。ゆえに,統計データから女性の大学・大学院卒者の勤続年数が男性より短いからといっても,直ちに収入700万円以上の労働者の勤続年数と同じということはできないので,収入700万円以上の母子世帯の母親の勤続年数が短いということもできない。

(3)ところで,被控訴人の取り上げた賃金構造基本統計調査は,事業者に対して行う調査であるが,労働者に対して調査を行う労働力調査という統計がある。その労働力調査では,雇用者でない者も調査対象であるので,「今の仕事についてからの期間」を在職期間として調査している。しかし大半が雇用者なので,労働力調査の在職期間は,賃金構造基本統計調査の勤続年数と近似する値となる。平成28年の賃金構造基本統計調査(乙6号)と2016年の労働力調査(甲29号)から,大学・大学院卒業の男女の勤続年数と在職期間を比較した場合,男性の勤続年数は13.0年,在職期間は14.3年,女性の勤続年数は7.4年,在職期間は8.9年となっており,両調査は近似した数値を示すことを裏付けている。そして,労働力調査は収入階級別の在職期間を調査しており,調査結果から集計すると,収入が700万円以上の男性の平均在職期間は23.1年,女性の平均在職期間は22.5年となっており,両者に大きな差異はない。

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被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

控訴人の主張する甲29号証中の在職期間は,当該年収に到達するまでに要する勤続期間であることを意味するにすぎず,これによって就労あるいは収入の安定性が意味されるものということはできないのであるから,この点の控訴人の主張は不適切というべきである。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

甲29号証の在職期間は当該年収に到達するまでに要する勤続期間ではなく,当該年収を得ている者の平均在職期間である。

また『大学・大学院卒の女性の勤続年数は短いから就業が安定しない。』と主張していながら,高所得のひとり親の父母の勤続年数が長くても,就労あるいは収入の安定性が意味されるものということができないというのは,矛盾した主張である。

 

となると,収入が700万円を超える母子世帯の母親の在職期間と,父子世帯の父親の在職期間も大きな差異はないといえるので,両者の勤続年数にも大きな差異はないということができる。

(4)そもそも大学・大学院卒の女性の勤続年数が短いのは,結婚や出産などの本人の都合により離職する女性の割合が大きいからであって,勤続年数が男性より短いからといって直ちに男性よりも就業状況が不安定ということはできない。

 

被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

女性の離職理由は,結婚又は出産に限られないのであって,母子世帯の場合,家庭の事情としての育児あるいは介護等の外,いわゆる非正規社員の割合が男性に比較して多いことから,会社側の都合としての雇止め等がありうるのであって,男性と同等の就労の安定性が確保されているということは到底できない。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

育児や介護等の事情は父子世帯も同じである。また,高所得の母子世帯の母親はほとんどが非正規社員でないことは,立証済みであり,非控訴人の反論は当を得ない。

 

(5)現に,大学・大学院を卒業した男性の完全失業率は,2017年の労働力調査の結果を基に算出すると2.1%であるが,女性の完全失業率も2.1%で,大学・大学院卒者の就業機会に格差は認められない(甲30号)。なお,収入700万円以上のひとり親世帯の完全失業率という点では,平成29年就業構造基本調査の結果(甲19号・甲22号)から算出すると,父子世帯の父親も母子世帯の母親も0%である。

 

被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

これが直に男女間の就労あるいは収入の安定性の同一性を意味するものではない以上,控訴人の主張は意味をなさないというべきである。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

・・・ここは必要がないので特に反論せず・・

 

4 被控訴人の主張する合理的な理由と反論

(1)本件の違憲性を,仮に違憲審査基準として合理性の基準で判断する場合,本件区別を正当化する合理的な理由が必要となる。そこで被控訴人が答弁書で新たに主張した合理的な理由と,それに対する控訴人による反論を以下に箇条書きにした。

①所得500万円を多少超えた程度の構成割合は女性の方が大きいと主張するが,ひとり親に限るとそのような事実はないし,論理展開に論理性がない。

②大学・大学院卒で勤続年数の長い女性の賃金変動が大きく収入が安定しないと主張するが,賃金カーブの考察が間違っており事実ではない。

③大学・大学院卒の女性の平均勤続年数が短く就業は不安定であると主張するが,収入700万円以上の労働者に限ると平均在職期間は長期で就業は安定し,男女差はほとんどないのが事実である。

(2)このように,被控訴人の主張した理由は,全て事実ではないものや,当を得ないものであり,本件区別には合理的理由が存在しないというべきである。

 

第5 「第3 被控訴人の主張」-「4 租税法における立法府裁量権について」についての認否と反論

1 認否

 (1)は認める。

(2)は争う。中の「次に,控訴人は,・・・差がないとする。」は認める。

2 反論

(1)被控訴人の主張は,最高裁判例(昭和55年(行ツ)第15号(昭和60年3月27日最高裁大法廷判決)民集39巻2号247頁に記された伊藤正己裁判官の補足意見と対立する。

(2)また同判例は,裁判所が立法府の裁量を尊重するのは,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかないからとしている。

(3)本件は提訴してから1年以上が経過するが,今までに500万円を超える母子世帯の母親について,租税負担能力が低いことを証明する正確な資料を,被控訴人は提出していない。今まで提出された資料は,母子世帯全体と父子世帯全体を比較する資料と,大学・大学院卒者の賃金カーブや勤続年数のような関連性の小さい間接資料である。しかもそれらの資料は正確性に欠け,立証しようとした事実は,全て控訴人の提出した,より正確な資料によって覆されている。つまり所得要件の差異の必要性を裏付ける正確な資料は存在しないということであり,正確な資料が基礎とされていない所得要件の設置は,専門技術的な判断によるものということはできず,立法府の裁量の範疇を逸脱しているというべきである。

 

第6 「第3 被控訴人の主張」-「5 目的と手段の関連性について」についての認否と反論

1 認否

 (1)は認める。

(2)中の「寡婦控除の適用を受けることがない市民税等納税義務者との比較において,寡婦控除の適用を受ける者の租税負担能力が低いということができるのであれば,寡婦控除に所得要件を設けないことについて合理性があるものというべき」については認め,その余は争う。

2 反論

(1)例として,所得が501万円の父子世帯の父親は寡婦控除の適用を受けることがない市民税等納税義務者であり,所得が2000万円の母子世帯の母親は寡婦控除の適用を受ける者である。この両者を比較すると,当然後者の租税負担能力が高く,所得要件の差異に合理性があるということができない。このような不合理は,男性にだけ所得要件を設けているためであり,目的と手段に関連性がないことの証である。

 

被控訴人の反論【被控訴人準備書面(2)】

同一所得の各世帯を比較しなければ意味がないのであるから,この点の控訴人の主張にもまた意味がない。

 

控訴人の再反論【控訴人準備書面(2)】

同一所得の比較においても,母子世帯の母親の租税負担能力が低いことは立証されていない。