フレンチトースト訴訟

父ちゃん大法廷に立つ(計画)



控訴審判決、ほぼ全文

控訴審の判決文は,地裁の判決文を補正する形なので、補正した最終形を読まないとよくわからなかったりします。

で、頑張って、地裁判決文と高裁の補正を当てた控訴審判決のほぼ全文を作成しました。(疲れた~)

 

これを読むと、いろいろなことが見えてきます。

 

 

判決

 

主文

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 川崎市長が平成28年5月13日付けでした控訴人の平成28年度の市民税及び県民税の特別徴収税額の決定のうち,〇〇万5600円を超える部分を取り消す。

 

第2 事案の概要

1 本件は,川崎市長(処分行政庁)から平成28年5月13日付けで,市民税及び県民税の特別徴収税額を〇〇万1600円とする旨の決定(本件決定)を受けた控訴人が,地方税法において,一定の要件を満たした女性の場合には所得制限なしに寡婦に該当するとされ,道府県民税及び市町村民税の所得割における課税所得金額の算定に際して26万円の所得控除(寡婦控除)を受けるためには,上記女性と同じ要件を満たすに加えて前年の合計所得金額が500万円以下でなければならないと定められていることに関して,このような男女の差を設けている地方税法の規定は,性別による差別を禁止する憲法14条1項に反し,控訴人について26万円の所得控除を認めることなくされた本件決定のうち,26万円の所得控除をした上で算定した税額を超える部分は違法となると主張して,行訴法3条2項に基づき,被控訴人に対し,本件決定のうち,26万円の所得控除をして算定した場合の税額である〇〇万5600円を超える部分の取消しを求めた事案である。

 原判決は,最高裁判所昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁(いわゆるサラリーマン税金訴訟大法廷判決。以下「前掲大法廷判決」ということがある。)を引用して,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は,その立法目的が正当なもので,当該立法において具体的に採用された区別の態様が上記目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないとした上で,寡夫につき,寡婦にはない所得要件を設けたのは男性と女性の間に存在する租税負担能力の違いや生活関係の差異等を考慮したものと解されるから,その立法目的は正当なものといえ,父子世帯と母子世帯との間では,収入の額,就労の状況,仕事の安定性の面において差異が存在し,父子世帯の方が相対的に高い租税負担能力を有しているといった母子世帯との差異を考慮して,寡夫控除につき,母子世帯にはない所得要件を設けることが,著しく不合理なものであるとはいえないとし,寡夫について,これを設けた地方税法の規定が憲法14条1項に反するものとはいえないとして,控訴人の請求を棄却した。

 控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。

 

2 関係法令の定め

(省略)

 

3 前提となる事実

(省略)

 

4 争点及びこれに関する当事者の主張

 本件の争点は,本件決定の適法性,具体的には,道府県民税及び市町村税の算定に際して26万円の所得控除の対象とされている寡夫について,同様の所得控除の対象とされている寡婦にはない所得要件を設けている地方税法の規定が,性別による差別を禁止している憲法14条1項に反するために,地方税法の当該規定を適用し,原告は寡夫に該当しないものとしてされた本件決定が違法であるといえるか否かであり,これに関する当事者の主張は次のとおりである。

(被告の主張)

(1)原告の平成27年分の給与収入は〇〇〇万〇〇〇〇円であり,これに給与所得控除をすると,合計所得金額は〇〇〇万〇〇〇〇円となる。

・・・・略・・・・

原告の合計所得金額は500万円を超えているから,原告は寡夫に該当せず,従って,原告に寡夫控除を適用することができない。

(2)原告は,寡夫寡婦について,男性(寡夫)にだけ所得要件があることが憲法14条1項に違反する旨主張するところ,憲法14条1項は,国民に対し,絶対的な平等を保障したものではなく,合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって,国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り,同条に違反するものではなく,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は,その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできない(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決民集39巻2号247頁)。

 地方税法寡夫について,寡婦にはない所得要件を設けたのは,男性の場合は,女性と異なり,通常は父子世帯となる以前に既に職業を有しており,父子世帯となった以後も引き続き事業や勤務を継続するのが普通と認められ,また,高額の収入を得ている者も多い等,両者の間に租税負担能力の違いが存在するので,これらの諸事情を考慮したものであるところ,実際に,概ね5年ごとに実施される全国母子世帯等調査の直近のデータ(平成23年11月1日のもの)によれば,就業率,正規雇用の割合,世帯収入の点で,父子世帯が母子世帯を上回っているから,母子世帯と父子世帯とでは,就労の状況,仕事の安定性,収入の額等に有意の差が存在するものといえる。

 加えて,租税法の立法においては,財政・経済・社会政策等の国政全般から総合的な政策判断を必要とするだけでなく,課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とするのであって,様々な社会的要因を考慮する必要があるから,男性と女性の違いを考慮して,男性である寡夫につき,女性である寡婦にはない所得要件を設けたことには,合理的な理由があるというべきであって,このような取扱いが憲法14条1項に反しないことは明らかである。

(原告の主張)

(1)地方税法が,市民税及び県民税の算定において,26万円の所得控除の対象となる寡婦及び寡夫の定義に関し,寡夫にだけ年収500万円以下という所得要件を設けることで,所得が500万円を超える母子世帯の母親と所得が500万円を超える父子世帯の父親との取扱いを変えていることは,合理的な理由がなく性別のみの違いによって税負担を差別するものであり,憲法14条1項に違反するものである。したがって,寡夫の定義は,所得要件を除外して寡婦と同一とされるべきものであり,原告は寡夫として扱われるべきであるから,原告に対して,26万円の所得控除を適用せずにされた本件決定は,違憲,違法であり,上記所得控除を適用すると原告の平成28年度の市民税及び県民税の特別徴収税額は〇〇万5600円となるから,本件決定のうち同額を超える部分は取り消されるべきである。

(2)被告は,母子世帯と父子世帯とでは,就労の状況,仕事の安定性,収入の額等に有意の差が存在する旨主張するが,被告の指摘するデータはいずれも,母子世帯ないし父子世帯全体の性質を示したものにすぎず,所得が500万円を超える世帯について,父子世帯の父親と母子世帯の母親との間に就労の状況等に関する差が存在することの根拠となるものではない。

 実際,総務省統計局による平成24年就業構造基本調査の結果(甲12)によれば,パートやアルバイトの女性で年間所得が500万円以上である割合は,0.1%となっており,高所得の女性は大多数がパートやアルバイトではないのであるから,所得が500万円を超える女性と男性とで就労形態の安定性には差がないというべきである。

 また,近年では,ひとり親に対する経済的な支援制度において,母子世帯と父子世帯との取扱いの差が解消されており,母子世帯と父子世帯を同様に扱うことが社会通念となっているのは明らかである。

 地方税法における寡婦寡夫の区別は,租税法上の性別による差別であるから,厳格な基準によってその差別が合理的であるかどうかを審査すべきであって,やむにやまれぬ理由があり,必要不可欠なものでなければ憲法14条1項に反するものというべきところ,上記のとおり,所得が500万円を超える世帯において,男性と女性との間に就労状況等に関する差が存在するものとはいえず,被告が主張する男性と女性との違いは,いずれも具体性のないものであって,寡夫について寡婦にはない所得要件を設けることには何らの合理性もないのであるから,このような取扱いが憲法14条1項に違反することは明らかである。

(当審における控訴人の補充主張)

(1)租税法の分野においても憲法14条1項後段の性別による差別については,原判決の説示した合理性の基準では足りず,いわゆる厳格な基準によって審査すべきである。

(2)所得が500万円を超える一人親世帯の平均収入について,総務省の就業構造基本調査(甲15~19,22)における収入700万円以上(同調査では,税引前の収入金額を集計しているので,500万円の所得は,税引前の収入に換算するとほぼ700万円になる。)の母子世帯と父子世帯を比べると,平成19年,平成24年及び平成29年のいずれの調査でも同等又は母子世帯の方が高くなっているから(甲25),租税負担能力に差はなく,父子世帯のみに所得要件を設ける合理的な理由はない。

(3)寡夫控除制度の創設に当たり,寡婦控除と異なって子以外の扶養親族がいる場合には認めなかったことに照らすと,寡夫控除の立法目的には一人親世帯の子どもの福祉の観点も考慮されたと解される。母子世帯と父子世帯の子どもは同じ扱いにすべきであり,一人親の性別によって差別されて税負担が異なるという不利益を受けることは,子の福祉の観点からしても許されない。

(4)父子世帯の父親の寡夫控除にのみ同程度の所得を有する母子世帯の母親の寡婦控除にはない所得要件が課されていることが不合理な差別に当たり憲法14条1項に違反するとした場合,この不平等を是正する手段として,立法論としては,父子世帯の父親の所得要件を無効とする方法の他に,母子世帯の母親にも同様の所得要件を課して所得が500万円を超える者は対象外とする方法や,寡婦控除と寡夫控除の控除額をいずれも引き下げる方法など,複数の選択肢が考え得る。しかし,裁判上の救済手段としては,裁判の当事者以外の納税者に遡及的に負担を負わせ,課税関係に必要な法的安定を損なうような他の方法を採る余地はなく,父子世帯の父親の所得要件を無効とする以外の是正手段はないから,上記所得要件は当然に無効となる。

 

第3 当裁判所の判断

1 本件決定の適法性

(1)地方税法は,夫と死別し,若しくは夫と離婚した後婚姻をしていない者又は夫の生死の明らかでない者で政令で定めるもののうち,扶養親族その他その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有するものを及び夫と死別した後婚姻をしていない者又は生死の明らかでない者で法令で定めるものを寡婦としており(以下,前者を「係累のある離死別寡婦」といい,後者の扶養親族その他政令所定の子を有しない寡婦を「係累のない死別寡婦」ということがある),係累のない死別寡婦の定義規定については一定の所得以下に対象者を制限する部分(以下,便宜上「所得要件」ということがある。)があるが,係累のない離死別寡婦については所得による制限を設けていない。他方,同法は,妻と死別し,若しくは妻と離婚した後婚姻をしていない者又は妻の生死の明らかでない者で政令で定めるもののうち,その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有するものについては,前年の合計所得金額が500万円以下である場合に限り,寡夫としており,寡夫については所得要件があるから,配偶者と死別し,若しくは配偶者と離婚した後婚姻をしていない者又は配偶者の生死が明らかでない者で政令で定めるもののうち,その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有するもので,前年の合計所得金額が500万円を超えるものについては,その者が女性である場合には,寡婦に該当し寡婦控除を受けることができるのに対し,その者が男性である場合には,寡夫に該当せず寡夫控除を受けることができないことになる。

 原告は,上記のように所得500万円を超えるひとり親について,性別により所得控除の適用が代わる地方税法の規定は,性別による差別を禁じた憲法14条1項に反するものであるから,原告については,寡夫として取り扱うべきであり,26万円の所得控除をしないでされた本件決定は違憲、違法である旨主張するから,この点につき,以下,検討する。

(2)憲法14条1項は,課税権の行使を含む国のすべての当地行動に及ぶものであるが,同規定は国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく,合理的理由なくして差別をすることを禁止する趣旨であって,国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り,なんら同規定に違反するものではないというべきである。

 ところで,租税は,今日では,国及び地方公共団体の財政需要を充足するという本来の機能に加え,所得の再配分,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政・経済・社会政策等の総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについて,極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかであるから,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるというべきである。そうすると,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は,その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27大法廷判決民集39巻2号247頁参照)。

(3)地方税法寡婦控除及び寡夫控除の制度は,所得税法の同様の制度に対応して設けられたものである。

 このうち,地方税法寡婦控除の制度は,当初,係累のある離死別寡婦を対象として創設されたが,昭和47年度の税制改正で,合計所得金額150万円以下の係累のない死別寡婦にも対象が拡大され,この合計所得金額は昭和50年度に300万円,平成3年度に500万円に緩和された。また,平成元年度の地方税法改正により,係累のある離死別寡婦のうち,扶養親族である子を有し,かつ,合計所得金額が300万円以下のものについては,寡婦控除の金額を30万円に増額する特別加算がされ,平成3年度に上記所得制限の緩和と軌を一にして特例加算の基準となる合計所得金額も500万円以下に拡大された。

 他方,地方税法寡夫控除の制度は,先に所得税法につき同種の制度が新設されたことに対応して,昭和57年度の税制改正で,妻と死別又は離別した後婚姻をしていない者で,政令所定の子を有し,かつ,前年の合計所得金額300万円以下のものを対象として設けられた。その後,平成3年度の地方税法改正で,上記合計所得金額は,係累のない死別寡婦と同様に500万円以下に緩和されて現在に至っている。

 以上のように,現行の地方税法寡婦控除と寡夫控除の制度は,控訴人が問題とする,①係累のある離死別寡婦について合計所得金額による制限が設けられていないという点に加え,②寡婦控除では,政令所定の子に限らず,元夫の両親などを含めた扶養親族を有する者であれば対象となるが,寡夫控除の対象は政令所定の子を有する者に限られる点,③寡婦控除では,政令所定の子や扶養親族を有していない死別寡婦であっても,前年の合計所得金額が500万円以下のものであれば対象となるが,寡夫控除では,政令所定の子を有しないものは所得のいかんを問わず対象外とされる点においても,相違がある。

 

(4)上記(3)の立法の経緯及び立法前後の議論等に照らすと,寡婦控除の制度は,もともと夫と死別又は離婚して再婚していない妻に扶養家族がある場合は,職業選択の制限があって就労しても特別の労力が必要となり,その際,特別の支出(追加的費用)も必要になると考えられるとして,昭和26年度の所得税法の改正によって所得税に関する制度として設けられ,これに対応して地方税法でも同様の制度として設けられたものである。その後,全体としても財政事情について考慮しつつ,社会的に必ずしも恵まれていない階層を対象とした減税の一環として所得税法寡婦控除の適用範囲の拡大を行うべきであるとする税制調査会の答申を受けて,昭和46年度に従前係累のある離死別寡婦について必要と考えられてきたのと同様の特別の支出(追加的費用)がどういう場合に生ずるかを判断基準とし,一般に夫と死別して再婚していない妻については,扶養親族がいない場合であっても,元夫の家族との関係が続くなど各種の負担を要すると考えられる反面,夫の遺産など所得が相当ある場合にまでこの負担を考慮する必要はないと考えられることから,一定の所得以下の係累のない死別寡婦にも寡婦控除の適用が拡大され,これに対応して昭和48年度の地方税法の改正でも同様の拡大がされた。そして,所得税につき,昭和56年度の税制調査会において,財源面での制約も考慮しつつ,税負担の調整のための必要最低限の配慮をするという観点から,父子世帯のための措置として,一定の要件の下に寡婦控除に準じた制度を創設することが適当であるとの答申がされ,これを受けて,同年度の所得税法改正で,必要な範囲で寡婦に認められている措置を父子世帯の父親にも及ぼすという観点から,妻と死別し,または離婚して再婚していない者のうち一定の所得以下のものについて寡夫と定義した上で,所得控除を認めることとして,所得税寡夫控除の制度が新設されたものである。この制度は,寡夫の場合は,係累のある離死別寡婦と異なり,通常は既に職業を有していて,妻と離婚又は死別した場合も引き続きその職業を継続するのが普通であって,妻との離死別により一般的に特別の支出が生じるとは考えられない上,もともと高額の収入を得ている者も多く,税制上の配慮としては,一律的に中低所得者に限るのが妥当であるとして,係累のない死別寡婦に対する寡婦控除に準じて新たに設けられた。これに対応して,昭和57年度の改正で地方税法道府県民税及び市町村民税についても同様の寡夫控除の制度が設けられたものである。

そうすると、寡夫につき,係累のある離死別寡婦にはない所得要件を設け,所得控除を認めないこととしたのは,父子世帯の父親の場合は,係累のある離死別寡婦のうち母子世帯の母親である者とは異なり,通常は父子世帯となる前に既に職業を有しており,父子世帯となった後も引き続き事業を継続していたり,勤務を継続したりするのが普通と認められ,また,高額の収入を得ている者も多い等,男性と女性の間に存在する租税負担能力の違いや生活関係の差異を考慮したものと解されるから,寡夫につき,係累のある離死別寡婦にはない所得要件を設けた立法目的は正当なものといえる。

 そして,証拠によれば①平成23年の父子世帯の平均世帯収入は455万円であり,母子世帯の平均世帯収入は291万円であること,②父子世帯の父親の就業率は91.3%であり,母子世帯の母親の就業率は80.6%であること,③父子世帯の就業している父親のうち,正規の職員従業員は67.2%,自営業者は15.6%,パート・アルバイト等が8%であり,母子世帯の就業している母親のうち,正規の職員・従業員は,39.4%,自営業者は2.6%,パート・アルバイト等が47.4%であることが認められるから,父子世帯と母子世帯との間では,収入の額,就労の状況,仕事の安定性の面において差異が存在し,父子世帯の父親は母子世帯の母親と比べて,相対的に高い租税負担能力を有しているものといえるのであって,このような父子世帯と母子世帯の差異等を考慮して,寡夫控除につき,寡婦控除にはない所得要件を設けることが著しく不合理なものであるとはいえない。

 そうすると,父子世帯の父親と母子世帯の母親との違いその他の事情を考慮し,寡夫について寡婦にはない所得要件を設けている地方税法の規定は,一定の合理性を有するものというべきであって,これが憲法14条1項に反するものとはいえない。

(5)ア

これに対して原告は,被告の主張する父子世帯と母子世帯の差異は,父子世帯全体と母子世帯全体との差異であって,所得が500万円を超える世帯においては,これとは異なる性質を示すはずであるから,所得が500万円を超える父子世帯の父親と所得が500万円を超える母子世帯の母親との間に就労の状況等に関する差が存在することの根拠となるものではなく,租税負担能力に差異はないとして,所得500万円を超える父子世帯の父親のみに所得制限を設ける地方税法の規定は憲法14条1項に違反する旨主張する。

 しかし,上記アの控訴人の主張は,次の2点において失当というべきである。

 第1に,控訴人の主張するように仮に所得500万円を超える母子世帯の母親と父子世帯の父親とを比較すると租税負担能力等に差がないとしても,このことは,政令所定の子を有する係累のある離死別寡婦に対する寡婦控除について所得による制限を設けないことを不合理とする理由にはなり得たとしても,直ちに控訴人の寡夫控除を適用しないことを不合理とすべき理由とはならない。上記の取り扱いの差異によって寡夫控除の適用が受けられない結果,控訴人が著しい負担を強いられているといった事情があればともかくとして,控訴人はそのような主張をしておらず,他方,現に控訴人が平成27年に〇〇〇万円以上の給与収入を得ていたことを考慮すると,寡夫控除を受けられないことによって著しい負担を強いられたとはにわかに認め難い(そもそも,仮にこのような負担が生じていたとしても,それは寡夫控除の適用対象を画する所得の上限額が現実に合致せず低すぎるということにすぎないところ,この上限額をどう定めるかは,まさに国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかない問題であり,裁判所は,その裁量的判断を尊重すべきものと考えられる。)。そうすると,控訴人の主張するところは,係累のある離死別寡婦に対し所得制限なしに寡婦控除を適用することが不合理で憲法14条1項に違反するということにとどまり,控訴人に寡夫控除を適用しないことが不合理であることをいうものとはいえないから,本件決定が違憲違法となるものではなく,控訴人の主張は失当といわざるを得ない。

 第2に,寡夫控除の制度が設けられた経緯についてみると,特別の支出(追加的費用)を要するのがどういう場合かという観点から,昭和47年度の地方税法の改正で寡婦控除の対象が一定の所得以下の係累のない死別寡婦にまで拡大され,次いで,昭和57年度に財政面での制約を考慮しつつ,必要な範囲で寡婦に認められている措置を中低所得層の父子世帯の父親にも及ぼすという観点から,妻と離婚又は死別した夫で政令所定の子を有し,かつ,一定の所得以下のものを対象として寡夫控除の制度が新設され,以後も寡夫控除と係累のない死別寡婦への寡婦控除の対象を画する上記所得の上限額が同額に設定されてきたものである。このような立法の経緯や前示の立法時の議論等に照らすと,寡夫控除の対象を中低所得層の父子世帯の父親に限るべきとする立法者の強い意志がうかがわれ,対象を一定の所得以下の者に限ることはその他の寡夫控除の要件と不可分一体となっていると見るのが相当である。そうすると,仮に対象を一定の所得以下に限る現行の寡夫控除の制度が不合理な差別に当たるとしても,それはむしろこの制度全体を再検討すべきことに結びつくものであって,控訴人が主張するように,寡夫の要件を定める地方税法の規定のうち,所得の上限を定める部分のみが当然に無効となって,それ以外の部分がそのまま有効として扱われるということはできず,当然に控訴人に寡夫控除が適用されることにはならない。この観点からも控訴人の主張は失当というべきである。

 原告は,近年では,ひとり親に対する経済的な支援制度において,父子世帯の父親と母子世帯の母親との取扱いの差が解消されており,母子世帯と父子世帯を同様に扱うことが社会通念となっている旨の主張もするが,現在においても,前説示のとおり父子世帯の父親と母子世帯の母親との間で平均収入額等の差異が存在することに照らせば寡夫について,係累のある寡婦にはない所得要件を設けている地方税法の規定が一定の合理性を有するとの上記判断を左右するものとはいえない。

(6)以上によれば,寡夫について,係累のある寡婦とは異なる所得要件を設けている地方税法の規定が憲法14条1項に違反するものとはいえない。そうすると,本件決定において,原告について,寡夫に該当しないものとして,26万円の所得控除をすることなく特別徴収税額を算定したことは適法であり,何ら違法な点はないというべきである。

 

当審における控訴人の補充主張に対する判断

(1)控訴人は,本件が性別による差別に当たるとして,租税法の分野でも性別のような憲法14条1項後段所定の事由に基づいて差別が行われるときは,厳格な基準によるべきであると主張する。

 上記の主張は,前掲大法廷判決における伊藤正巳裁判官の補足意見のこれに沿うかのような記載部分によったものと思われるが,この部分は完全な傍論にとどまるというべきである。そして,租税法上の取扱いが性別によって異なっているという一事をもって,租税法上の定立に関する総合的判断や専門的判断の必要性が変わるとは考えられず,立法府の裁量の尊重の必要性がなくなるとは考え難いから,控訴人の主張は採用することができない。ちなみに,最高裁判所平成7年(行ツ)第163号平成7年12月15日第二小法廷判決・税務訴訟資料214号765頁(乙47)は,政令所定の子がいない男性に寡夫控除を適用しないでされた所得税の更正処分が男女の性別による差別で憲法14条1項に違反する旨の上告理由に対し,前掲大法廷判決を引用して,所論の点に関する所得税法の規定及び更正処分は憲法14条1項に違反するものではないと説示して退けており,性別による取扱いの差異についても前掲大法廷判決と同様のいわゆる合理性の基準を適用すべきことを示したものと解される。

(2)控訴人は,所得が500万円(税引前約700万円)を超える母子世帯の母親の租税負担能力は,所得が500万円を超える父子世帯の父親と大差がないとした上で,前者が係累のある離死別寡婦に当たるとして所得控除を受けられるのに,後者が寡夫に当たらないとしてこれを受けられないことは,合理性のない性別による差別に当たり,憲法14条1項に違反するとして,地方税法寡夫の定義規定のうちの所得制限を定める部分のみが無効となり,その余の定義規定はそのまま残る結果,控訴人にも寡夫控除の規定が適用されると主張する。

 しかし,上記の主張がそもそも失当であることは,「第3 当裁判所の判断」の1(5)イで説示したとおりである。

 しかるところ,寡婦に認められている措置を必要な範囲で父子家庭の父親にも及ぼすという寡夫控除の目的からすれば,その適用を中低所得に限るという観点から所得による制限を設けるのは,前掲大法廷判決が給与所得に係る必要経費につき実額控除の代わりに概算控除の制度を設けた当時の所得税法の規定を合憲とするに当たって租税法の基本原則として説示する租税負担の公平な配分(租税公平主義)や租税の徴収を確実,的確かつ効率的に実現すること(徴税確保主義)にも合致し,これらの基本原則に沿うものである。

 また,先に説示したとおり父子世帯全体と母子世帯全体を総体として見れば収入額,就労状況,仕事の安定性等の面で差異があって租税負担能力や生活実態に差があることが認められ,このような差異を考慮して,寡夫控除の対象となる父子世帯の父親につき所得制限を設けることとしても,明らかに合理性に欠けるとはいえない。ちなみに,控訴人の提出する証拠(甲19、22)によっても,平成29年度における母子世帯の総数は62万3200世帯で,うち700万円以上の所得を有するのは1万1500世帯で,率にして1.85%程度にとどまるのに対し,父子世帯の総数6万4900世帯のうち,700万円以上の所得を有するのは1万3300世帯で,率にして約20.49%にも及ぶことになる。上記の母子世帯の1.85%という数字は,仮にこれらの世帯において十分な租税負担能力があって本来は寡婦控除を受けるような特別の支出がなかったとしても,租税の効率的徴収の観点から制度として是認し得る程度の範囲と思われる。控訴人の主張は,この1.85%の母子世帯と均衡を取るために,本来,十分な租税負担能力を有するはずの2割以上の父子世帯にも寡夫控除を適用すべきものとするものであって,不合理であることが明らかである。

(3)控訴人は,寡夫控除の立法目的には一人親世帯の子の福祉の観点も考慮されたと解されるとした上で,母子世帯と父子世帯の子は同じ扱いにすべきであり,一人親の性別によって差別されて税負担が異なるという不利益を受けることは子の福祉の観点からも許されないと主張する。

 しかし,寡夫控除が適用される結果,父子家庭の子が利益を受けることがあるとしても,それは間接的なものにとどまり,先に説示した立法経過等に照らしても寡夫控除自体は世帯主である父親の特別の負担を考慮した制度であることが明らかであって,上記の主張は前提を欠くというべきである。

(4)控訴人は,父子世帯の父親の寡夫控除に母子世帯の母親の寡婦控除にはない所得制限が定められていることが憲法14条1項に違反する場合,この不平等を是正する裁判上の救済手段としては父子世帯の父親の所得制限を定めた部分を無効とする以外の方法はない旨を主張する。

 しかし,先に説示したとおり,このことが憲法14条1項に違反するとはいえないし,寡夫控除の対象となる寡夫の要件を定める規定のうち,所得制限を定める部分だけが独立して無効となるともいえないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

 

第4 結論

 以上によれば,控訴人の請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

 

東京高等裁判所第9民事部

裁判長裁判官 小川秀樹

   裁判官 瀬戸口壯夫

   裁判官 間 史恵