フレンチトースト訴訟

父ちゃん大法廷に立つ(計画)



控訴理由書(対所得税訴訟)

提出した控訴理由書です。約14000文字になります。なお一部、誤字の修正をしています。

 

 

令和3年(行コ)第166号 更正処分取消等請求控訴事件

控訴人 sakurahappy

被控訴人 国(処分をした行政庁:川崎北税務署長)

 

上記令和3年(行コ)第166号更正処分取消等請求控訴事件について,控訴人は次のとおり控訴理由を述べる。

 

 

東京高等裁判所第15民事部Ea甲係 御中

 

    控  訴  理  由  書

 

     令和3年8月3日

              

     控訴人 sakurahappy

 

はじめに

 

本控訴理由書は,判断の枠組みをはじめとする原判決の問題点を指摘し,また,令和2年改正前の所得税法の規定が,憲法14条1項のほか,憲法24条2項に違反している旨を追加し,本件処分が違憲無効である旨の主張を補充するものである。

 

 

<目次>

 

第1 違憲性判断にあたっての整理

1.平等権審査にあたって

2.区別対象の属性

3.区別の種類と法的取扱いの差異

4.租税負担能力とその種類について

5.本件における租税負担能力について

 

第2 原判決で採用された判断の枠組みの問題点と,採用すべき判断の枠組みによる違憲性の検討

1.原判決で採用された判断の枠組み

2.採用された判断の枠組みに問題があること

3.問題点①昭和60年大法廷判決は,垂直的公平負担原則に沿ったもので,水平的公平負担原則に沿ったものではないこと

4.問題点②昭和60年大法廷判決は,複数の制度の組み合わせによる区別の違憲性を判断できないこと

5.憲法24条の法意について

6.違憲判断の枠組みについて

7.本件の立法目的の正当性について

8.本件の立法目的と立法手段との関連性について

9.小括

 

第3 少数であること等を理由に男女平等ではない制度を正当化していることについて

1.原判決の判示について

2.立法目的の正当性について

3.立法手段との関連性について

4.小括

 

第4 その他,原判決の問題点に対する控訴人の主張

1.別件訴訟(令和2年最高裁判決)について

2.養育費の平均受給額の差異が無視できないものであることについて

3.租税負担能力の用法にについて

4.父子世帯に設置した所得要件を母子世帯に設置しない理由について

5.総体による性質の比較について

 

第5 補足

1.平成7年小法廷判決で,判断の枠組みに昭和60年大法廷判決が採用されたことについて

2.違憲判断基準について

3.本件各賦課決定処分の適法性(具体的には,国税通則法65条4項の「正当な理由」の有無)について

 

第6 まとめ

 

<本編>

 

第1 違憲性判断にあたっての整理

1.平等権審査にあたって

本件争点は,本件区別が憲法14条1項に違反しているか,および追加の主張として憲法24条2項に違反しているかであるが,まず平等権について検討する上で重要な点を整理する。

2.区別対象の属性

本件区別は,家族構成と性別の属性による区別,つまり母子世帯の母親と父子世帯の父親の区別ではなく,家族構成,性別,所得層の属性で分類される者,つまり,所得が500万円を超える母子世帯の母親と所得が500万円を超える父子世帯の父親との間の区別である。

以降,所得要件である所得500万円を基準として所得500万円以下のものを基準以下の層,所得500万円を超えるものを基準超過層とする。

3.区別の種類と法的取扱いの差異

本件区別は,性別による差別である。基準超過層に属し,扶養関係等の条件や所得額が同じひとり親であっても,令和2年改正以前の所得税法では性別によって法的取扱いが異なり,女性は27万円の寡婦控除が適用されるのに対し,男性は27万円の寡夫控除の適用がされないため,女性よりも男性の課税額が高くなっていた。

4.租税負担能力とその種類について

租税負担能力は,納税者を比較した時に収入・支出・資産の観点から租税を負担できる能力を判定したものであり,絶対的なものではなく相対的なものである。ゆえに一概に租税負担能力の差異といっても比較対象や比較観点によって異なり,収入面から租税負担能力の高低を判定することもあれば,支出面や資産の面からその高低を判定することもある。

また,就業率や就業形態等の違いから租税負担能力を論ずる場合もあるが,結局のところそれらの違いは平均収入額に深く相関しており,収入による租税負担能力の高低は,平均収入額の高低と同義であると解されるのが一般的である。

5.本件における租税負担能力について

原判決では,租税負担能力について比較対象や比較観点による分類がされず混同する可能性があるため,本件における租税負担能力の差異が,誰と誰の比較で,どの観点からの差異なのかは重要なポイントなので以下に整理する。

  • ①一般の世帯に比べ母子世帯の母親は支出が多く,租税負担能力が低い。(昭和26年寡婦控除創設の立法事実)
  • ②一般の世帯に比べ父子世帯の父親も支出が多く,租税負担能力が低い。(昭和56年寡夫控除創設の立法事実)
  • ③基準超過層の父子世帯の父親に比べ基準以下の層の父子世帯の父親は平均収入が低く,租税負担能力が低い。(公然の事実)
  • ④基準超過層の母子世帯の母親に比べ基準超過層の父子世帯の父親は平均収入が低く,租税負担能力が低い。(統計情報に基づく事実,および令和2年改正の立法事実)
  • ⑤基準以下の層の父子世帯の父親に比べ基準以下の層の母子世帯の母親は平均収入が低く租税負担能力が低い。(統計情報に基づく事実)
  • ⑥ ④と⑤は,基準の上下で性差による租税負担能力が逆転することを示しているが,基準以下の層のひとり親の数が圧倒的に多いため,総体としてみると父子世帯の父親に比べ母子世帯の母親の平均収入は低くなり,租税負担能力は低い。(統計情報に基づく事実)

 

第2 原判決で採用された判断の枠組みの問題点と,採用すべき判断の枠組みによる違憲性の検討

1.原判決で採用された判断の枠組み

原判決では,本件区別が憲法14条1項に違反しているかについて,昭和60年大法廷判決を引用しその判断の枠組みに基づいて判断することが相当であるとしている。そして本件区別に係る立法目的の正当性については「本件規定が寡夫について30号イの寡婦(扶養親族のある寡婦)にはない本件所得要件を設けることとした目的は,母子世帯の母親と父子世帯の父親との租税負担能力の差異等に鑑みて,財政面での制約を考慮しつつ,寡婦にのみ認められた所得控除を必要な範囲で寡夫に及ぼすことにあったもの」であるとして,目的が正当であるとした。

また,本件区別の態様が立法目的との関連で著しく不合理であることが明らかといえるかについては「そもそも,寡婦等控除の制度は,配偶者と死別又は離婚した後の職業選択に制限があり,あるいは所得を得るために特別の労力や支出を要することに配慮したものであるところ,財源面での制約を考慮しつつ寡婦にのみ認められていた所得控除を必要な範囲で寡夫にも及ぼすという立法目的に照らすと,寡夫控除に所得要件を設けること自体は何ら不合理なものではない。」とし,また寡婦控除に所得要件がなく不均衡であることについては「30号イの寡婦(扶養親族のある寡婦)のうち基準超過層にあるものについて,これを寡婦控除の対象から除外する旨の立法的手当てを行わず,母子世帯と父子世帯の相対的な租税負担能力の差異等を重視した制度を維持することにも,相応の合理性があったということができる。」として本件区別の態様が立法目的との関連で著しく不合理であったということができないとしている。

2.採用された判断の枠組みに問題があること

昭和60年大法廷判決は「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は,その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が上記目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,憲法14条1項の規定に違反するものということはできない」としている。ところが,本件区別に対してこの判断の枠組みに当てはめるには以下の2点の問題がある。

3.問題点①昭和60年大法廷判決は,垂直的公平負担原則に沿ったもので,水平的公平負担原則に沿ったものではないこと

納税者の租税負担を公平にし,実質的平等を実現するための租税負担原則には,租税負担能力の異なるものはその能力に応じた課税をするという垂直的公平負担原則と,租税負担能力が同じものは同じ課税をするという水平的公平負担原則がある。この点,昭和60年大法廷判決は,所得の性質の違いによる課税額の調整方法について判断したものであり,所得の性質が違う納税者に対し相応した扱いをすることの合理性を判断するものであって,すなわち垂直的公平負担原則に沿っているか否かの判断である。そうすると,問題となった区別が,垂直的公平負担原則に沿ったものであるかについては,極めて専門技術的な判断が必要とされるため,裁判所は広範な立法裁量を尊重せざるを得ず,取扱いの差異が著しく不合理でない限り,合理性を否定することができない。

ところが,本質的平等が要求される属性による取扱いの区別は,租税負担能力が同じものに対して同じ課税をしなければならないという水平的公平負担原則に沿っているか否かでその合理性を判断するもので,立法裁量は強く制限されることになり,例えば財政上の事情のような当事者に無関係な理由で法的取扱いを変えることは許されない。となると,もし本質的平等が要求されるような属性の違いを持つ納税者に対して,その属性を理由に異なる取扱いをするのであれば,その区別に正当な理由が必要となるのである。とすると裁判所は,問題となる区別が,本質的平等が要求される区別かどうか,もしそうであるなら異なる扱いをすることに正当な理由があり合理的なのかを審査すればよいのであって,極めて専門技術的な判断をする必要はないのである。

原判決では「性別も所得控除の対象となる者に係る属性の一つであって,その生活や所得に影響を及ぼすことになる要素の一つであることは否定できないのであるから,本件区別が性別によって租税法上の扱いを区分するという一事をもって,租税法の定立に関する政策的,技術的な判断の必要がなくなるわけではなく,立法府の裁量的判断を尊重すべきことは性別以外の属性の違いを理由とする取扱いの区別の場合と異なるものではなきというべきである。」としているが,本件区別は性別による取扱いの差異であり,法律は,両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないとする憲法24条2項の規定を踏まえると,もし租税法が性別で異なる取扱いをするのであれば,例えば区別当事者に租税負担能力が異なるというような根拠,すなわち法的取扱いの差異に正当な理由がない限り,立法裁量の範疇を超えているといわざるをえないのであるから,そのような区別は憲法14条1項および憲法24条2項に反するというべきである。

4.問題点②昭和60年大法廷判決は,複数の制度の組み合わせによる区別の違憲性を判断できないこと

昭和60年大法廷判決の判断の枠組みは,目的審査と手段審査を「当該立法において」としており,複数の制度によって構成された区別の違憲性判断に対応していない。具体的には,基準超過層のひとり親が性別により寡婦寡夫)控除適用の違いがあるのは,昭和26年創設の寡婦控除,昭和56年創設の寡夫控除,そして平成元年創設の特別寡婦控除制度,これらの制度の複合結果であり,それぞれの制度の立法目的や立法手段を審査しても,昭和60年大法廷判決の判断の枠組みを採用する以上は,それぞれの立法措置の違憲性を審査するにとどまり,課税処分等の時点において,複数制度の複合結果に違憲性があるかについての判断をすることができないのである。

原判決では,寡夫控除創設のみの立法目的から目的審査と手段審査をしており,その立法目的は「財源面での制約を考慮しつつ寡婦にのみ認められていた所得控除を必要な範囲で寡夫にも及ぼすこと」であって,そこには両性の本質的平等に立脚する旨の立法目的は含まれていないのであるから,寡夫控除の立法目的や手段の関連性と相当性だけを審査しても,本件区別の違憲性を判断することはできないのである。

とすると,本件区別に対して合理性の基準で判断するのであれば,本件処分時点の所得税法上の区別に正当な理由(目的)があり,立法手段との間に合理的関連性があるかで判断されるべきである。

5.憲法24条の法意について

所得税法が夫婦の所得を合算折半して計算していないとしても,民法の規定によって,結局のところ夫婦間に実質上の不平等が生じないように立法上の配慮がなされているので,憲法24条に違反しないとした昭和34年(オ)1193号(民集15巻8号2047頁)昭和36年9月6日大法廷判決の一部を以下に引用する。(以降,昭和36年大法廷判決とする。)

(以下の青字は引用)

憲法二四条の法意を考えてみるに,同条は,「婚姻は……夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」,「配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。」と規定しているが,それは,民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻および家族の関係について定めたものであり,男女両性は本質的に平等であるから,夫と妻との間に,夫たり妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたものであつて,結局,継続的な夫婦関係を全体として観察した上で,婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨の規定と解すべく,個々具体の法律関係において,常に必らず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含するものではないと解するを相当とする。 次に,民法七六二条一項の規定をみると,夫婦の一方が婚姻中の自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ,この規定は夫と妻の双方に平等に適用されるものであるばかりでなく,所論のいうように夫婦は一心同体であり一の協力体であつて,配偶者の一方の財産取得に対しては他方が常に協力寄与するものであるとしても,民法には,別に財産分与請求権,相続権ないし扶養請求権等の権利が規定されており,右夫婦相互の協力,寄与に対しては,これらの権利を行使することにより,結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう立法上の配慮がなされているということができる。しからば,民法七六二条一項の規定は,前記のような憲法二四条の法意に照らし,憲法の右条項に違反するものということができない。

本件区別は,婚姻を経て死別または離婚の後,子を養育しているもので,かつ,所得が500万円を超えるものが,性別によって扱いが異なるというものであり,本件規定が,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されたものでなければならないことは明らかである。そもそも所得が同じで性別以外の条件が同じである場合は,水平的公平負担原則に沿って同額の課税でなければならないところ,性別によって離婚後の課税額が変わるのであるから,その区別に正当な理由がなければ,不平等な扱いである。またこれから離婚しようとする夫婦は,どちらが子の親権を取り,養育するかを争うことがあるが,税法上の規定が,女性が養育する母子世帯であれば優遇され,男性が養育する父子世帯であれば冷遇されるということになると,税法が親権や養育権を母親に誘導する可能性を否定できないのであるから,これは個人の尊厳の侵害である。また,他に立法上の配慮がなされていないのであれば実質的同等になっていないというべきである。

6.違憲判断の枠組みについて

となると昭和60年大法廷判決の問題点,そして憲法24条の法意や昭和36年大法廷判決を踏まえると,本件区別の違憲性は以下の観点で判断されるべきである。

租税法の分野において本質的平等が要求される性区別は,性区別の目的に正当性がないか,あるいは,処分時点において具体的に採用された区別の様態が上記目的と関連性がない上に,他の法律等により実質上の不平等が生じないように立法上の配慮がなされていないならば,その区別は不合理な差別というほかになく,憲法14条1項および憲法24条2項に違反するというべきである。

7.本件の立法目的の正当性について

かかる点を踏まえた上で,本件区別について検討すると,寡夫控除創設の立法目的は「本件規定が寡夫について30号イの寡婦(扶養親族のある寡婦)にはない本件所得要件を設けることとした目的は,母子世帯の母親と父子世帯の父親との租税負担能力の差異等に鑑みて,財政面での制約を考慮しつつ,寡婦にのみ認められた所得控除を必要な範囲で寡夫に及ぼすことにあったもの」であり,「必要な範囲で」として単に基準超過層の父子世帯の父親には不要というだけでは,両性の本質的平等に立脚したことにならず,立法裁量の範疇を超えたものというほかない。

しかし,「母子世帯の母親と父子世帯の父親の租税負担能力の差異を考慮して租税負担が平等になるように調整すること」が立法目的であるならば,両性の本質的平等に立脚したものといえるので正当である。

8.本件の立法目的と立法手段との関連性について

「母子世帯の母親と父子世帯の父親の租税負担能力の差異を考慮して租税負担が平等になるように調整すること」が本件区別の立法目的である場合に,基準超過層の母子世帯の母親に寡婦控除を適用し,基準超過層の父子世帯の父親には寡夫控除を適用しないとした立法手段との関連性を検討する。

まず,昭和56年の寡夫控除制度の創設時では,基準超過層の母子世帯の母親と父子世帯の父親の租税負担能力の差異が不明である。これは当時の統計情報が乏しく,ひとり親について,統計情報を基準以下の層と基準超過層というような分類ができなかったからである。となると母子世帯の母親と父子世帯の父親を総体で比較した結果を,基準超過層の差異として推定するほかはなく,そうすると総体の比較結果に基づいて基準超過層の父子世帯の父親を寡夫控除の対象から除外するとした合理性を否定できない。とすると,寡夫控除の創設時点では合理的関連性が認められるものということができよう。

しかしながら,平成19年以降になると統計情報が充実し,就業構造基本調査等では,基準超過層のひとり親世帯のデータが民間でさえ得られるようになっている(甲3)。その統計によると基準超過層のひとり親の平均収入が,平成19年と平成24年では男女ほぼ同等,そして平成29年では女性のほうが多いということが判明し,これは令和元年改正で女性にも所得要件が設けられた際の立法事実となっている。そうすると,母子世帯と父子世帯の総体から基準超過層のひとり親世帯の租税負担能力を推定する必要はないのであって,基準超過層の父子世帯の父親は,同母子世帯の母親に比べて租税負担能力が同等もしくは低いことが明らかなのであるから,基準超過層の父子世帯の父親に所得控除を認めず,基準超過層の母子世帯の母親に所得控除を認めるという立法手段では,租税負担が平等になるように調整することができないどころか真逆な手段となるのであって,合理的関連性は認められない。そして他に実質的平等となるような立法的配慮が存在しないことを踏まえると,遅くとも平成19年以降は目的と手段の間の合理的関連性は失われていたというべきである。

9.小括

以上の点を踏まえると,本件区別の立法手段が,本件処分時点(遅くとも平成19年以降)で立法目的との間に合理的関連性が失われており,他に立法的配慮は存在しないので,憲法14条1項および24条2項に反したものというべきである。

 

第3 少数であること等を理由に男女平等ではない制度を正当化していることについて

1.原判決の判示について

原判決では「基準超過層における不均衡を是正するためには扶養親族のある寡婦についても本件所得要件を設けるためには,その旨の立法的手当てをする必要があるところ,①ひとり親世帯における基準超過層の割合自体が少ないこと,②基準超過層の母子世帯の数は,同層の父子世帯の数を超えるものではないこと,③母子世帯における基準超過層の割合は近年でも2%未満であり,父子世帯における基準超過層の割合(約20%)に比べて顕著な差があること,④これらに加え,平均像としては依然として低所得の多い母子世帯の母親について所得要件を設けることにつき国民の理解を得られるかという問題もあったことに照らすと,30号イの寡婦(扶養親族のある寡婦)のうち基準超過層にあるもについて,これを寡婦控除の対象から除外する旨の立法的手当てを行わず,母子世帯と父子世帯の相対的な租税負担能力の差異等を重視した制度を維持することにも,相応の合理性があったということができる。」としているが,これがもし両性の本質的平等を踏まえてもなお,異なる扱いをすることになった理由であるとするならば,その立法目的の正当性と手段との関連性の審査が必要であるところ,原判決ではそのような審査をしていない。

2.立法目的の正当性について

この件につき被控訴人は「平成29年度における母子世帯の母親の総数は62万3200世帯で,うち700万円以上の所得を有するのは1万1500世帯で,率にして1.85%程度にとどまるのに対し,父子世帯の総数6万4900世帯のうち,700万円以上の所得を有するのは1万3300世帯で,率にして約20.49%にも及ぶ。上記の母子世帯の1.85%という数字は,仮にこれらの世帯において十分な租税負担能力があって本来は寡婦控除を受けるような特別の支出がなかったとしても,租税の効率的徴収の観点から制度として是認し得る程度の範囲といえる。」と主張していることから,基準超過層の寡婦寡婦控除の対象から除外しない制度にした立法目的は,租税の徴収効率を高めるためと解される。とすると,租税法は租税を公平に効率よく徴収するための法律であるから,徴収効率を高めるためという立法目的の正当性を否定できない。

3.立法手段との関連性について

徴収効率は,徴収にかかる経費や労力と税収との関連によるものであり,徴収にかかる経費や労力が大きくなれば低くなり,税収が大きくなれば高くなるものであることはいうまでもない。

そこで,基準超過層の寡婦寡婦控除の対象とした場合と,対象外とした場合を比較する。すると寡婦控除の対象外にした場合,約1万人に対して寡婦控除を適用せずに課税することになり,仮に一人あたり約55000円多く徴収できるとすれば総計5億5000万円もの税収増が見込めるため,所得要件を設置することで徴収効率が高くなるのは明らかである。

とはいえ,昭和56年の寡夫控除の創設当時に,基準以下の層の寡婦と基準超過層の寡婦を区別せず一律に寡婦控除の対象とすることで,区別する労力がかからないともいえるので,それが5億5000万円以上の効果があるかは置いておくとしても,かかる労力の観点から目的と手段の間に観念上の関連性を否定することができない。

ところが,平成元年の税制改正により,基準以下の層の寡婦には特別寡婦控除と寡婦控除を合わせて35万円の所得控除を認め,基準超過層の寡婦には寡婦控除の27万円の控除を認めるようになると,それぞれの課税額を算出するために所得額で区別する必要が生じ,その結果,区別する労力がかからないという利点が消失することになった。とすると,目的と手段の間にあった観念上の関連性は失われ,寡婦に所得要件を設置しない手段には徴収効率を低下させる効果だけが残ることになり,立法目的との関係は真逆になってしまったのである。

すなわち,母子世帯に占める基準超過層の割合が小さいこと等から寡婦に所得要件を設けなかったことを徴税効率の側面から正当化しようとしても,平成元年の税制改正以降は,徴収効率を高める効果はないどころか逆に低めるだけであり,空理空論でしかないのである。

4.小括

以上の点を踏まえると,寡婦に所得要件を設けない制度を維持した立法手段が,本件処分時点(遅くとも平成元年以降)で徴収効率を高めるためという立法目的との間で合理的関連性が失われており,本件区別が憲法14条1項および24条2項に反していないとする根拠にはなりえないというべきである。

 

第4 その他,原判決の問題点に対する控訴人の主張

1.別件訴訟(令和2年最高裁判決)について

別件訴訟では,地方税法における寡夫控除の規定を最高裁が昭和60年大法廷判決を引用して憲法14条1項に違反しないと判断しているが,その裁判で上告人は寡夫控除の規定が憲法24条に反する旨の主張はしておらず,裁判所もその観点での判断をしていない。

また,上告人は昭和60年大法廷判決を引用して判断の枠組みにすることに異論を申し立てていない。

そして,ひとり親の収入が,基準超過層では女性よりも男性のほうが低いことが事実認定されていないし,そのことが令和2年の税制改正の立法事実になっていることも踏まえた判断をしていない。

ゆえに,これらを踏まえた上で,改めて判断されるべきである。

2.養育費の平均受給額の差異が無視できないものであることについて

原判決13頁9行目では,養育費を受給している母子世帯の母親は24.3%で父子世帯の父親が3.2%というように養育費に関して受給割合のみを事実認定しており,受給額についての認定はない。しかしながら,15頁21行目で「母子世帯の養育費の受給水準は高いとはいえない」とするのであれば,出典である乙10号の3の56頁に示された平均月額の事実認定も不可欠である。

そして乙10号の3によると,受け取っている養育費の平均月額は,母子世帯が4万3707円,父子世帯が3万2550円で,受給割合から養育費の平均年額を算出すると,母子世帯が12万7450円,父子世帯が1万2500円となり,その差は11万円を超えている。そうすると,本件は,基準超の母子世帯の母親と父子世帯の父親の収入による租税負担能力の差異を調整する目的として,寡夫控除の対象外とされた父子世帯の父親が母子世帯の母親に比べて年額約5万5000円多く課税されていることを問題としているのだから,その2倍にもなる養育費の差異はその影響を否定できず,一切父子世帯との比較をせずに「母子世帯の受給水準は高いとはいえない」として養育費の影響を切り捨てるのは当を得ないというべきである。

3.租税負担能力の用法にについて

原判決17頁19行目では,「・・寡婦等控除の趣旨からすれば,十分な租税負担能力を有する者に所得控除を認める必要性は乏しいのであるから,寡夫控除に本件所得要件を設けることそのものは,まさに納税者の租税負担能力に着目しているのであり・・」としており,租税負担能力についての記載が,誰と誰を比較したものか,どの観点からの差異なのかが明らかにされておらず混同しているため,正しい判断がされているとはいえない。

これについては比較対象者と比較観点を括弧内の文章で補足すると,次のようになり,整合性が取れていないことが明らかとなる。

「・・(ひとり親世帯は一般の世帯に比べ支出が多いことにより租税負担能力が低くなることを考慮した)寡婦等控除の趣旨からすれば,(基準以下の層の父子世帯の父親に比べ収入面において)十分な租税負担能力を有する(基準超過層の父子世帯の父親)に所得控除を認める必要性は乏しいのであるから,寡夫控除に本件所得要件を設けることそのものは,まさに納税者(父子世帯)の(収入による)租税負担能力に着目しているのであり・・」

このように原判決の説示は,単に収入面を考慮して所得要件を設置していることを説明しているに過ぎず,支出面の租税負担能力の差異について何ら言及していないのである。

4.父子世帯に設置した所得要件を母子世帯に設置しない理由について

原判決16頁14行目に書かれている4つの理由が当を得ないものである。まず「①ひとり親世帯における基準超過層の割合自体が少ないこと」については,父子世帯にも所得要件を設置するべきでない理由である。次に「②基準超過層の母子世帯の数は,同層の父子世帯の数を超えるものではないこと」については,1万1500人と1万3300人を比較すれば同程度であり,超えていないことを判断の基礎とするのは恣意的というほかない。そして「③母子世帯における基準超過層の割合は近年でも2%未満であり,父子世帯における基準超過層の割合(約20%)に比べて顕著な差があること」については,その差によって何がどう影響するのかを明らかにしていないし,そもそもひとり親世帯における父子世帯の割合が10%程度であることを無視したもので,都合のいい数値だけを選んだものである。最後に「④これらに加え,平均像としては依然として低所得の多い母子世帯の母親について所得要件を設けることにつき国民の理解を得られるかという問題もあったこと」については,平均像という思い込みや偏見を判断の基礎にしていることに問題がある上,このような問題意識の出典を明らかにしていない。また,甲30号には真逆の意見が掲載されていることからすると,様々な意見があることが認められるにすぎないというべきである。

5.総体による性質の比較について

仮に何らかの立法措置により幼稚園児にクレヨンを支給するとした場合,男性と女性を総体として性質を比較し,その収入格差を理由にクレヨンの支給対象から男児を除外するとしたら,憲法14条に違反するだろうか。

この点,国民各自の事実上の差異に相応した法的取扱いの区別であれば憲法14条に違反しないと解されるが,男性と女性を総体としてみれば収入格差はあるものの,それは成人の差異であって幼稚園児にはないのであるのだから,国民各自の事実上の差異に法的取扱いが相応しているということができない。そうすると,幼稚園児に性別による収入格差が存在しないことが明らかである以上,幼稚園児に対して,成人の収入格差を持ち出し,それを総体として差異があるからといって男児を除外しているのであれば,その理由に正当性はないというべきである。

本件区別は,基準超過層の父子世帯の父親が,基準超過層の母子世帯の母親に比べて冷遇されているというものである。この区別対象者の租税負担能力の差異は,基準超過層の母子世帯の母親に比べて基準超過層の父子世帯の父親の平均収入が低く,租税負担能力は低いことが事実として明らかであるから,総体として比較する必要はない。また,逆の性質を持つ基準以下の層のひとり親を加えて比較した租税負担能力の差異を理由に異なる扱いを正当化しても,それは国民各自の事実上の差異に法的取扱いが相応したものということはできない。そうすると,基準超過層の平均収入の差異が明らかであるにもかかわらず,真逆の性質を持つ集団を加えて総体として性質を比較し,その結果を基礎にして区別が憲法14条に違反しないとするならば,それは憲法14条の解釈を誤ったものというほかない。

 

第5 補足

1.平成7年小法廷判決で,判断の枠組みに昭和60年大法廷判決が採用されたことについて

夫と死別後に扶養親族のいない女性が寡婦控除を受けられるのに対し,妻と死別後に扶養親族のいない男性が同等の控除を受けられないのは憲法14条に違反するとした訴訟(最高裁判所平成7年(行ツ)第163号平成7年12月15日第二小法廷判決)は,性別による区別であるが,判断の枠組みに昭和60年大法廷判決を採用している。性別による区別なので本来であれば水平的公平負担原則に沿ってすべきではあるが,この事件では租税負担能力等の差異と法的取扱いの差異が合致しており,租税負担能力の違うものに対して異なる取扱いをしているにすぎないともいえるので,結果として垂直的公平負担原則に沿っているかどうか,つまり昭和60年大法廷判決の判断の枠組みでの判断が可能である。となると,平成7年小法廷判決が昭和60年大法廷判決を引用しているからといっても,それは本件区別につき,基準超過層の母子世帯の母親よりも基準超過層の父子世帯の父親の租税負担能力が高い場合には同じ判断の枠組みが採用されることにとどまるのであって,租税負担能力の差異が同等,あるいは取扱いとの関係が真逆の関係となっている本件区別が同じ枠組みで判断される理由にはならないというべきである。

2.違憲判断基準について

控訴人は,当控訴理由書で憲法適合性について合理性の基準を用いて論じているが,一審で主張したように厳格な基準で審査すべきであるとの主張を取り下げたわけではなく,合理性の基準でも厳格な基準でも違憲と判断されるので、合理性の基準を用いて論じているということである。

 

3.本件各賦課決定処分の適法性(具体的には,国税通則法65条4項の「正当な理由」の有無)について

こちらの争点については,反論や追加の主張はない。

 

第6 まとめ

以上,原判決の判断理由には誤りがあり判断を誤っている。また本件区別は憲法14条1項に加えて憲法24条2項に反するものであり,不合理な差別の解消方法としては寡夫控除の所得要件部分を無効として解釈すべきであることから,原判決は取り消されるべきであり,本件処分は取り消されるべきである。

以上