フレンチトースト訴訟

父ちゃん大法廷に立つ(計画)



対所得税東京地裁判決文 別紙(4)

当事者の主張

 

(別紙4)

当事者の主張の要旨

1 争点(1)(本件各更正処分及び本件各通知処分の適法性【具体的には,本件規定のうち,本件所得要件を定める部分が憲法14条1項に違反し無効であるか])について

(被告の主張の要旨)

(1) 判断枠組みについて

 憲法14条1項は,国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別をすることを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り、何ら上記規定に違反するものではない。そして、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が上記目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁以下「最高裁昭和60年判決」という。)参照)。

 憲法14条1項後段の部分は,区別の条件(事項)を例示的に列挙したものであるから,後段に列挙されていない事項に比べてより厳格な審査が求められているものではない。

 そして、租税法上の取扱いが性別によって異なっているという一事をもって、租税法の定立に関する総合的判断や専門技術的判断の必要性が変わるとは考えられず,立法府の裁量の尊重の必要性がなくなるとは考え難いのであって、租税法の分野における性別による取扱いの差異についても,前掲最高裁昭和60年判決と同様のいわゆる合理性の基準を適用すべきである。

(2) 本件区別に係る立法目的について

 寡夫控除の制度は,昭和56年の税制改正に当たって,従前は、一定の要件を満たした女性についてのみ募婦として所得控除が認められていたものを,父子世帯のための措置として、妻と死別し,又は離婚した者等のうち一定の要件を満たすものについて寡夫と定義した上で,所得控除を認めることとしたものであって,この制度は,寡婦控除に準じて新たに設けられたものである。

 そして、所得税法が,寡夫につき本件所得要件を設け,合計所得金額が500万円を超える場合には寡夫には該当せず, 所得控除を認めないこととしたのは,父子世帯の父親の場合は,母子世帯の母親とは異なり,通常は父子世帯となる前に既に職業を有しており,父子世帯となった後も引き続き事業を継続したり、勤務を継続したりするのが普通と認められ,また,高額の収入を得ている者も多いなど,男性と女性の間に存在する租税負担能力の違いや生活関係の差異等を考慮したものと解されるから、募夫につき,30号イの寡婦にはない本件所得要件を設けた立法目的は正当なものといえる。寡夫控除導入時の立法資料(甲2)を見ても、本件区別の真の立法目的が,もっぱら寡夫控除導入時の財政事情が理由であって、募夫と寡婦との租税負担能力の差異等を考慮したものではないなどとは記載はされていない。

(3) 立法目的との関係において,本件区別の態様が合理的といえるかについて

ア 厚生労働省が平成29年12月に公表した「平成28年度全国ひとり親世帯等調査」の結果報告によれば,近時でも、母子世帯と父子世帯との間には、年間収入,就業状況,住居保有状況などの点において、明確に差異が存在している。すなわち、親自身の平均年間就労収入については,平成22年及び平成27年のいずれにおいても、父子世帯は母子世帯の約2倍に及んでおり,また,就業状況については,それ自体としては,平成23年及び平成28年のいずれも父子世帯と母子世帯との間で大きな違いはないものの,母子世帯はそのうち約半分がパート・アルバイト等のいわゆる非正規雇用であるのに対して、父子世帯の非正規雇用の割合は1割に満たない。父子世帯の父親は母子世帯の母親と比べて,相対的に高い租税負担能力を有しているものといえ,かかる状況は,本件各年においてもおおむね同様であったものと認められる。

 本件区別は,このような父子世帯と母子世帯の差異等を考慮したものであって、著しく不合理であるとは到底認められない。したがって,本件規定のうち本件所得要件を定める部分が憲法14条1項に違反するものとは認められない。

イ なお,本件規定を含む寡婦等控除の制度については,令和2年税制改正において見直しが行われたところ,その概要は,従前は寡婦等控除の対象外であった婚姻歴のないひとり親を対象に取り込み、婚姻歴の有無や性別にかかわらず,生計を一にする子を有する単身者について,同一の所得控除(以下「ひとり親控除」という。)を適用することとし、ひとり親控除と寡婦控除に整理したこと,寡婦についても、募夫と同様の要件とするため,上記控除の要件として合計所得金額500万円の所得制限(本件所得要件)を設けることとしたこと等である。

 上記改正の経緯において、改正前に募夫について本件所得要件を定めていたこと自体が憲法14条1項に違反するというような意見や考え方は全く示されていないし、そのような議論もされていない。さらに,寡夫控除における本件所得要件は上記改正後も維持されていることからすると,令和2年税制改正を踏まえても,本件規定が憲法14条1項に違反するものでなかったことは明らかというべきである。

(4) その余の原告の主張に対する反論

ア 原告は,本件区別が合理的であるというためには,高所得の母子世帯の母親と高所得の父子世帯の父親との間での租税負担能力の差異が立証されたければならないと主張する。

 しかしながら、寡夫控除は、「昭和56年度の税制改正に関する答申」において,「財源面での制約も考慮しつつ、税負担の調整のための必要最小限の配慮をすることが適当であると考える。このような観点から,父子家庭のための措置として一定の要件の下に寡婦控除に準じた制度を創設することが適当である」とされたことを受けて、所得税法が改正され,所得制限を設けた上で創設されたものである。すなわち、具体的な制度の創設に当たっては、財源面の制約や税負担の調整を考慮することが必要であり,それらを踏まえ,高所得者である寡夫にまで担税力の減殺を調整する必要性は乏しいと考えられることから,寡夫控除には所得制限(本件所得要件)が設けられたものと認められる。

 そして、原告が主張するように仮に所得が500万円を超える母子世帯の母親と父子世帯の父親とを比較すると租税負担能力等に差がないとしても,このことは、30号イの寡婦に対する寡婦控除について所得による制限を設けないことを不合理とする理由とはなり得たとしても、直ちに原告に寡夫控除を適用しないことを不合理とすべき理由とはならないというべきである。

 なぜなら,上記の取扱いの差異によって募夫控除の適用が受けられない結果,原告が著しい負担を強いられているといった事情は認められない(現に原告は,本件各年分のいずれにおいても、少なくとも〇万円以上の給与収入を得ている。)からである。

 また、仮にこのような負担が生じていたとしても、それは寡夫控除の適用対象を画する所得の上限が現実に合致せず低すぎるというにすぎないところ、この上限額をどう定めるかは、正に国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断に委ねるほかない問題であり,裁判所はその裁量的判断を尊重すべきものと考えられる。そうすると,原告の主張は,30号イの寡婦に対し所得制限なしに寡婦控除を適用することが不合理で憲法14条1項に違反することをいうにとどまり,原告に寡夫控除を適用しないことが不合理であることをいうものとはいえないから、本件各処分が違憲違法となるものではなく原告の主張は失当である。

 また,原告が提出する証拠(甲17,20)によっても,平成29年度における母子世帯の総数は62万3200世帯で、うち700万円以上の所得を有するのは1万1500世帯で、率にして1.85%程度にとどまるのに対し,父子世帯の総数6万4900世帯のうち,700万円以上の所得を有するのは1万3300世帯で、率にして約20.49%にも及ぶ。上記の母子世帯の1.85%という数字は,仮にこれらの世帯において十分な租税負担能力があって本来は寡婦控除を受けるような特別の支出がなかったとしても、租税の効率的徴収の観点から制度として是認し得る程度の範囲といえる。原告の主張は、この1.85%の母子世帯との均衡を取るために, 本来,十分な租税負担能力を有するはずの2割以上の父子世帯にも寡夫控除を適用すべきとするものであって、不合理であることが明らかである。

イ 原告は,租税負担能力については、中低所得のひとり親では父子世帯のほうが母子世帯より高く,高所得のひとり親では父子世帯と母子世帯はほぼ同等であるのが実態であるから,寡夫にのみ本件所得要件を設けるという手段では、中低所得の母子世帯と父子世帯の租税負担を調節することにはならず,目的を達成することができないし、高所得の父子世帯の父親を,性別の違いだけで租税負担を重くする理不尽なものであり、不合理な手段であって、寡夫控除における立法目的と立法手段に合理的関連性がない旨主張する。

 しかしながら、所得控除の一つである寡婦等控除は、それが適用される者の税負担を軽減することを目的とするものであって、適用されない者の税負担を重くする趣旨のものではないし,冷遇しようとする趣旨のものでもない。また,そのような目的を有する所得控除には,高所得者にまで担税力の減殺を調整する必要性が乏しいとして所得制限が設けられているものも少なからず存在しており,その結果,高所得者は、所得控除の適用要件を満たさない他の者と同様に租税負担を負うこととなるが、その場合においても中低所得者の租税負担の軽減を図るという目的は達成されるのであるから,「寡夫にのみ所得要件を設けるという手段では、中低所得の母子世帯と父子世帯の租税負担を調節することにはならず,目的を達成することができない」とする原告の上記主張には理由がない。

 そして,前記のとおり,母子世帯と父子世帯との間には、年間収入,就業状況,住居保有状況などの点において,明確に差異が存在しているのであるから、父子世帯全体と母子世帯全体を総体として見れば収入額,就労状況,仕事の安定性等の面で差異があって租税負担能力や生活実態に差があることが認められ,このような差異を考慮して,寡夫控除の対象となる父子世帯の父親につき所得制限を設けることとしても、明らかに合理性に欠けるとはいえない。原告の主張は所得控除の制度の趣旨を正解しないものであって失当である。

ウ 原告は,募夫控除の所得制限により不合理な取扱いを受けている者に対しては,本件規定を全体として無効とするのではなく、寡婦控除との区別を生じさせている部分のみを除いて適用されるべきである旨主張する。しかしながら、そのようなことを認めれば,十分な租税負担能力を有する高所得者の税負担を軽減することとなり,寡夫控除の立法趣旨に反する結果となる。

 その点をおくとしても,寡婦等控除の制度に係る立法の経緯等に照らすと、寡夫控除の対象を中低所得層の父子世帯の父親に限るべきとする立法者の強い意思がうかがわれ、対象を一定の所得以下の者に限ることはその他の寡夫控除の要件と不可分一体となっていると見るべきであって、原告の上記主張は認められない。

(5) 小括

以上のとおり,本件規定のうち本件所得要件を定める部分は憲法14条1項に違反するものではなく,有効であるから,原告に寡夫控除を適用せずにされた本件各更正処分及び本件各通知処分は適法である。

(原告の主張の要旨)

(1) 判断枠組みについて

 最高裁昭和60年判決は,「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が上記目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできない」と述べているが,本件区別は,所得の性質の違い等を理由とする区別ではない。

 最高裁昭和60年判決の伊藤正己裁判官の補足意見では,憲法14条1項後段の事由に基づく区別についての違憲性判断は、厳格な基準で判断されるべきである旨が述べられている。本件区別は、性別を理由とした差別であり,憲法14条1項後段は、性別によって経済的に差別されない旨を明定しているのだから,違憲判断基準について,合理性の基準ではなく,より厳格な基準による審査が必要というべきである。

(2) 本件区別に係る立法目的について

 本件規定における法的取扱いの区別の理由は、寡夫控除立法当時の資料によると、係累のないものや係累があっても父母のような場合は寡夫控除適用の必要はないとされ、父子世帯に適用するに際しても厳しい財政事情を理由に、寡婦に認められている措置を必要な範囲内で男性に及ぼすとしており,当時の財政事情が理由であって、この両者自身の租税負担能力の差異などによるものではない。寡夫控除に本件所得要件が設けられた真の立法目的は、ひとり親世帯の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別するためのものではなく,国家財政上の事情によるものであり、募夫控除を制限して税収減を防止することにある。

 立法目的が以上のようなものであることは,後記(3)のとおり,立法手段との関連性がないことに加え, 寡夫控除導入時の参議院大蔵委員会での議論や令和元年11月に提出された寡婦等控除の制度に関する質問主意書に対する内閣総理大臣の答弁でも寡夫控除導入当時の財政事情の厳しさに触れられていることのほか,当初は厚生省が所得要件なしの寡夫控除の導入を主張したにもかかわらず、大蔵省が財政事情の厳しさを背景に本件所得要件を追加したという経緯等からも裏付けられている。

 以上のような真の立法目的は、納税者間の事実上の差異に相応せず、納税者本人とは無関係な事情により,不合理に重い負担を課すものであり,たとえ財源確保を目的としたものであっても、租税の公平負担原則の一つである水平的公平負担の原則を無視したものである。仮に,本件区別の立法目的を,配偶者と離婚又は死別して,単身で子供を育てている母親と父親との間の租税負担能力等の差異への配慮と解しても,これらの差異は全ての所得水準で存在するものではなく,後記(3)のとおり、高所得のひとり親には存在しないのであるから,高所得の父子世帯の父親には無関係な理由であり、区別に正当性はないというべきである。それでもなお、母子世帯の母親と父子世帯の父親を全体的に見れば差異があるというのであれば,そこに論理性はなく、先入観やジェンダーバイアスによるものであって、不合理である。

 以上のとおり,本件区別ないし本件規定の真の立法目的は正当なものではなく、厳格な基準によれば明らかに違憲であるが,最高裁昭和60年判決のいう合理性の基準に当てはめたとしても違憲である。

(3) 立法目的との関係において,本件区別の態様が合理的といえるかについて

ア 統計によれば、所得500万円を超える母子世帯の母親と父子世帯の父親には、平均収入額, 子の平均人数,末子の平均年齢,就業状況等の比較では,両者は同等であり、父子世帯の父親の租税負担能力が高いということはできない。

 被告は,母子世帯の母親と父子世帯の父親とでは、年間収入,就労の状況,仕事の安定性,住居保有状況などの点において差異が存在するとして,父子世帯は母子世帯に比べて相対的に高い租税負担能力を有していると主張しているが,これらの比較は母子世帯と父子世帯の全体を比較したものである。本件区別は,高所得の母子世帯と高所得の父子世帯を区別し,法的に異なる扱いをしているのだから,被告はこの両者の租税負担能力の差異を立証しなければならないところ、なんら言及しておらず,所得が500万円を超える父子世帯と母子世帯に租税負担能力の差異はない 。むしろ、父子世帯の方が死別が多かったり、離婚した配偶者から受け取る養育費も父子家庭の方が少なかったりすることが指摘できる。

 寡婦控除も寡夫控除も通常に比べて特別な出費を要することを考慮したものであり、所得500万円を超える父子世帯の父親だけがその出費がなくなるわけではない。

 また、母子世帯の母親でも父子世帯の父親でも、求職するとなれば条件は厳しくなる。家事や養育を配偶者と分担できないひとり親は、家事や養育にかけられる時間が制限され,それを補うために割高な商品やサービスを購入することになる。すなわち、寡婦等控除は,通常に比べて特別な出費がかさむことから相対的に租税負担能力が低くなることを考慮し、税負担を軽減するためのものなのである。

イ 実態としては、父子世帯の父親と母子世帯の母親の全体を比較しての租税負担能力の差異は,就業構造基本調査等(甲3,21~23)によれば,以下のとおり、所得が500万円(おおむね年収678万円~700万円)以下の層(以下「基準以下の層」という。)の差異が反映されたものである。

 平成27年において,母子世帯の母親の年間収入額は243万円,父子世帯の父親のそれは420万円である。しかし,これを基準以下の層と,所得が500万円を超える層(以下「基準超過層」という。)とに分けてみると,前者においては、母子世帯の母親が年収221万円,父子世帯の父親が年収376万円であるのに対し,後者においては、母子世帯の母親が年収1147万円,父子世帯の父親が年収914万円である。さらに,養育費の年間平均受取額についても、父子世帯の父親より母子世帯の母親の方が多い。これらのとおり、収入の観点では,基準超過層において,父子世帯の父親の方が母子世帯の母親よりも租税負担能力が高いということはできない。

 平成29年の調査結果によると,基準超過層の母子世帯の母親は約1万1500人,同じ層の父子世帯の父親は約1万3300人であって、人数でみても大差はない。

 就業率についても、基準超過層でみれば、平成19年,平成24年及び平成29年の調査結果をみると,常に母子世帯の母親の方が父子世帯の父親よりも低いわけではなく,固定的な傾向は認められない。

 雇用形態についてみても,平成29年の調査結果によると、年収500万円以上の層では、非正規雇用等の割合は,男女ともに2~3%程度であり,割合の低さは共通している。

 平均在職期間については,平成28年の調査結果によると,基準超過層では、男女ともに22~23年程度であり、仕事の安定性にも性差はないといえる。

 住居保有状況については、そもそも、持ち家率と租税負担能力との関係を被告は明らかにしていない。住宅ローンの有無や社宅のように住宅費用が低額ですむ場合があることなど,様々な事情があるので、住居を保有している者の租税負担能力が高いとは一概にはいえない。

 また、一般的な夫婦は、妻よりも夫の方が収入が多いことから,離婚後の収入額が同じ水準であれば、母子世帯の母親の離婚前の世帯収入の方が,父子世帯の父親の離婚前の世帯収入より多いと考えられる。そうすると、離婚時の共有財産は母子世帯の母親の離婚前の世帯の方が多いと考えられ,それを財産分与すれば、母子世帯の母親の方が所有する資産は多いといえよう。

 したがって、保有資産の観点からいえば、母子世帯の母親の方が同じ所得水準の父子世帯の父親よりも相対的に高い租税負担能力があるというべきである。

 ひとり親の住居保有状況について、全国的なひとり親の所得水準別の統計はないが,広島市での調査によると、年収400万円以下では父子世帯の父親の持ち家率の方が母子世帯の母親よりも多いが,年収400万円から500万円の層ではそれが逆転しているとのことである。この点からも,基準超過層において,父子世帯の父親の方が母子世帯の母親よりも持ち家率が決定的に高いということはできないのであり,仮に住居保有状況が租税負担能力に関連するとしても、住居保有率の観点からは、基準超過層の父子世帯の父親の方が母子世帯の母親よりも租税負担能力が高いとはいえない。以上によれば、基準超過層においては、父子世帯の父親は,母子世帯の母親に比べて、高い租税負担能力を有しているとはいえない。

ウ 仮に,本件区別の立法目的が「相対的に租税負担能力が低い者や生活関係上の負担が大きい者の租税負担を軽くなるように調節すること」であるならば、基準以下の層の母子世帯の母親の税負担を,同じ層の父子世帯の父親の税負担より軽くなるよう調節する手段が,目的を達成する手段であって、関連性のある手段となる。しかし、募夫について,30号イの寡婦にはない本件所得要件を設けるという手段 (本件区別)では,基準以下の層の母子世帯の母親と父子世帯の父親との間の税負担を調節することにはならず、目的を達成できない。その上,本件区別は、租税負担能力や生活関係に特段の性差がない基準超過層の父子世帯の父親を,性別の違いだけで税負担を重くし、冷遇する理不尽なものであり、不合理な手段であるから,立法目的と立法手段との間に合理的関連性がない(このように合理的関連性のない手段となっていること等からして,結局, 本件区別の真の立法目的は,前記(2)のとおり,寡夫控除を制限して税収減を軽減することにあったというべきであり,正当な目的ではない。)。

 さらに,令和2年税制改正の過程において,基準超過層では母子世帯の母親の方が父子世帯の父親よりも平均年収が高いという統計が検討されたとのことであり,こうした事実が,民間の分析にとどまらず,立法事実として新たに確認されたことを踏まえる必要がある。この立法事実によって,「男性と女性の間に存在する租税負担能力の違いや生活関係の差異を考慮する」とした立法目的と,「所得要件の差異によって、高所得母子世帯の母親には寡婦控除を適用し,高所得父子世帯の父親は寡夫控除の適用外とする」という立法手段は、関係が真逆であると判明したのであるから、合理的関連性がない。

(4) その余の被告の主張に対する反論

ア 被告は,本件所得要件の設置によって中低所得者の租税負担の軽減を図るという目的は達成されるなどとして、本件所得要件を設けるという立法手段が立法目的を達成するものであるかのように主張する。しかし、本件の争点は、所得要件の有無について性別によって差を設けるという立法手段が立法目的を達成するものかが争点であって,被告の主張は論点のすり替えである。

イ 被告は、母子世帯の中で基準超過層の世帯の割合は1.85%であり,仮にこれらの世帯において租税負担能力があって本来は寡婦控除を受けるような特別な支出がなかったとしても、租税の効率的徴収の観点から制度として是認し得る範囲といえるとし,高所得の母子世帯の母親に所得要件を設置しないのは少数不追及の観点から是認できると主張している。しかしながら、寡夫控除の創設は昭和56年であるが、平成元年税制改正で特別寡婦控除が創設されている。この結果,所得500万円以下の母子世帯の母親の所得控除額は35万円となり、所得500万円を超える母子世帯の母親の所得控除額は27万円で維持された。

 このように,本件各処分時における所得税法は、所得500万円以下の母子世帯の母親と所得500万円を超える母子世帯の母親との間で, 寡婦控除の扱いを明確に分けており、少数だからといって看過する制度にはなっていないのであるから、少数不追及の観点から是認できるとの主張は的を射ないものである。そもそも、人数でいえば、基準超過層における母子世帯の母親と父子世帯の父親は同程度である。ひとり親全体を分母にした割合を比較しても,税の徴収効率には無関係であり,被告の主張は当を得ない。また,各種の人的な所得控除のうち、所得要件がないものが多く、所得要件のあるものの方が少数であるから,夫控除に所得要件を設けることが正解とはいえない。

ウ 被告は,令和2年税制改正の経緯において、改正前の本件規定が憲法14条1項に違反するとの意見は全く示されていないと主張するが,上記改正の基礎となった令和元年12月の与党税制改正大綱を主導した税制調査会会長は,本件区別は憲法上の問題である旨述べていた。このことからすれば、上記改正は、単なる不公平の解消ではなく、本件区別が不合理な差別であったために本件規定が憲法14条1項に違反しており、その問題を解決するために行われたといえる。

(5) 小括

ア 以上のとおり、厳格な基準及び合理性の基準のいずれで判断しても、本件規定のうち本件所得要件の定めについて立法目的は正当とはいえず、目的と手段の関連性も認められないのであり,本件区別は性別を理由とした不合理な差別である。

イ そこで上記差別を解消する必要があるが,仮に母子世帯の母親にも父子世帯の父親と同様の所得要件を設けるという方法で不平等を解消するとすれば,離死別した後に単身で子を養育するに当たって通常より出費が多くなることへの配慮という,寡婦等控除を設けた法の趣旨を没却するものであって採用し得ないから、父子世帯の父親に課している本件所得要件を無効とする方法によるべきである。なお,いわゆる国籍法違憲判決(最高裁平成19年(行ツ) 第164号同20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号1367頁)を踏まえると,本件規定が憲法14条1項に違反するからといって規定全体を無効とするのではなく,寡婦控除との区別を生じさせている本件所得要件の部分のみが無効になると解すべきである。被告は,本件規定において,本件所得要件を定める部分とその他の部分とが不可分一体であると主張するが,そもそも寡夫控除の創設に当たり,厚生省の原案に所得要件がなかったこと等からして、不可分一体ではないというべきである。

ウ 以上によれば,原告に対して寡夫控除の適用を認めずに行われた本件各更正及び本件各通知処分は違法であるから、取り消されるべきである。

エ ただし、令和2年税制改正で母子世帯の母親の寡婦控除にも所得要件を設けることになったこと、別件訴訟で地方税法における寡夫控除の所得要件が憲法14条1項に違反しないとの最高裁判決が言い渡されたことを踏まえ,仮に,本件規定のうち本件所得要件を定める部分を無効とすることが大きな混乱を招くおそれがあると考えられる場合は,行政事件訴訟法31条1項を適用すべきである。

2 争点(2)(本件各賦課決定処分の適法性具体的には、国税通則法65条4項の「正当な理由」の有無])について

(被告の主張の要旨)

 本件各更正処分はいずれも適法であるところ,原告が本件各更正処分により新たに納付すべきこととなった税額の計算の基礎となった事実のうちに,本件各更正処分前における税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」があると認められるものはない。

(原告の主張の要旨)

 前記1において述べたとおり、本件各更正処分は違法であって取り消すべきものであるから,これを前提とする本件各賦課決定処分も違法である。

 また,これをおくとしても,原告は,寡夫控除に関する制度上の問題提起を行うために本件訴訟を提起したものであり,取消訴訟を提起するためにはその対象となる行政処分を受ける必要があったことから,平成24年分から平成26年分までについては,寡夫控除が適用される前提での確定申告を行ったに過ぎず,納税額をごまかす等の目的はなかった。そして、原告が本件訴訟で提出した高所得ひとり親の平均収入の男女差などの統計が立法府で検討され,令和2年税制改正で本件区別の撤廃につながったという事情を踏まえると,本件区別ないし本件規定に問題があったことは間違いなく,原告が上記のような確定申告を行ったことには、国税通則法65条4項の「正当な理由」がある。

 したがって,仮に本件各更正処分の取消しが認められないとしても、本件各賦課決定処分は違法であって取り消されるべきである。

 

以上